見誤る着地点
その日は酷く苛ついていた。それが季節特有の湿度のせいなのか、打っても響かないどころか違う意味で全肯定で返ってくる相手への積み重なった勝手な不満だったのか総司本人にも分からなかった。 「もう付き合ってるも同然ですよね」 「なんの話だ」 「僕は土方さんが好きだし土方さんも満更じゃないし嫁に出す気はないし彼氏に間違われても動じないし、ずっと一緒にいてくれるんでしょ?」 嘘ではないが大事な箇所から目を逸らしまくった畳み掛けを咎めるでもなく、一拍置いて文章を咀嚼する土方。 「ああ、お前のことは大切だからな」 やはり繰り返される極上の親愛を受け留めて総司は笑う。 「じゃあ添い遂げてくださいね」 *** 言質は取ったとばかりに突き付けた翌日、予想に違わずいつも通りの土方を見て心中で溜息までがお約束である。 こうも直球で言い放つのはさすがに初めてだったのだが、総司としてはどうせ通じないのなら気の済むだけ伝えればいいだけの話だ。 開き直ったのはいつからか、甘えることも支えることも出来る唯一の立場が今日も楽しい。 土方と離れる未来はありえないし、二人の関係は揺るがない。 揺るがなさすぎて時折発散したくなるのもご愛嬌、八つ当たりとて告白にすれば消化終了。 調子を取り戻した総司が己の発言さえ記憶の隅に追いやるまでそうかからなかった。 すっかり忘れて日常再開、相も変わらず職務一筋な土方を宥めすかしては休ませる。 雷舞の打ち合わせ後、私室で管を巻いていたら指でこめかみをぐりぐり押された。地味に痛い。 重ねて始まるお説教に生返事。 「キスしてくれたら頑張ります」 「どこにだ」 「そこ聞いちゃうんですか、愛情表現頑張ってくださいよー」 ぐだぐだ答えると相手の近づく気配。 拳骨へ身構えるより早く、視線が上向いた。 引き寄せる力が顎にかかり、ようやく事態を把握する。 「土方さん?!」 べちん。押さえたのは相手の唇。 勢いで押しのける形となって、思わず息を吐く。 「総司」 手のひら越しにくぐもった吐息が当たり慌てて離す。 疲れもだるさも吹っ飛んで、ただまじまじと顔を見つめる。 表情の変わらないことに定評のある土方は、心外そうに眉を顰めた。 「ねだっておいて我が儘な奴だな」 「可愛がる延長でキスされたらさすがの僕も立ち直れないんですけど」 行為自体はやぶさかでないとはいえ、そんな優しさは喜びづらい。 そこまで可愛がられている嬉しさへ還元するのもギリギリのところだ。 極まりすぎた家族愛に途方にくれかけた思考へ斬り込みが入る。 「付き合ってるんだろう」 「はい?」 両者、何を言ってるんだの顔で固まって一秒。 「お前がそう言ったんだ、発言には責任を持て」 「ちょっと待ってちょっと待って!あれ成立してたの?」 やれやれと零す土方、次いで弾けるように立ち上がる総司。 思い返す先日のやり取り。もう付き合ってるも同然だから、と詰め寄った記憶は確かにある。 「俺の勘違いなら撤回を」 「しませんよ!しませんよ!!」 この期に及んでさらりと告げる相手の肩を掴む。少しばかり驚いた様子が更に腹立たしい。 長年の愛情に裏打ちされた自信、しかし家族愛だという冷静な解釈、ほだされてくれればいいと思いもした。 朴念仁を追いかけた年数は伊達じゃないのだ。 「こっちは流されたと思ってたのに何なんですか!土方さんいつもそうやって僕のこと全部許すから変わったとかわかんないんですよ!」 「変わりようがない」 告げられた言葉に一瞬のどが詰まる。目を見開いた総司を宥めるように手のひらが頭へ置かれ、土方は続けた。 「むしろお前に対する感情が進化したというべきか……できるなら全て叶えてやりたい」 え、と声が出そうで出ない。掠れた息が零れる。 頭を撫でた手が左頬へと滑った。直接伝わる体温と共に音が染み込む。 「お前のことは可愛い。弟のようなもので、同志で、大切な存在だ。ずっとそう思ってきたから根底が崩れることはおそらくないだろう。だが、俺以外が目的をもって触れるのは許さん」 「待ってください。おかしい、後半おかしいよね?」 力の抜けかけていた指が相手の肩をもう一度掴んだ。しかし総司の指摘も意に介さずまだ続いた。 「俺を望むというのなら、全てやろう。その代わりお前の全ても俺のものだ。元より背負うつもりだから問題はないが」 「土方さん僕のこと大好きじゃないですか!なにその独占欲!初めて聞いたし!」 「初めて言ったからな」 完全なる自己完結に叫ぶもむなしく、きっぱり言い切る土方は動揺の欠片もない。 これを開き直りといわずしてなんなのか。 全てを受け入れて?肯定して?いや違う、分かりきったことだからそのままにしていただなんて馬鹿馬鹿しい。 いよいよ頭を抱えて唸る総司がギッと土方を睨み付けた。 「ああもう、僕ばっかり右往左往して馬鹿みたいだ。言ってくださいよ」 「俺が明確にすればお前の選択肢がなくなるだろう」 「いや選ばせる気ないよね?僕はそもそも土方さんしか選ばないけど」 つまりは遅いか早いか、それを決めるのが総司だった。 呆れ果てる傲慢さだが、心地良いのも事実といえる。 せめてもの意趣返しに両頬を叩くように手のひらで挟む。 「いつからとか具体的なところはこの際不問にしてあげます」 口元がひくりと動いたので、そのあたりの後ろめたさはやはりあったようだ。 真面目だからこんなに拗らせたのかと思うとそれはそれでいとおしい。 「さっきの続き、しましょう?」 顔を覗き込んだまま、首へ腕を回す。鼻先をこすれば相手が動いた。 ゆっくり合わさる唇の温かさに、とりあえずは満足しておく。 添い遂げるなら、一蓮托生だ。 |