祝福は各自でよろしく ジョルノ・ジョバァーナは社長である。若くして大成した彼の業績は凄まじく、その外見もあってかなりの有名人だった。実年齢は公表されていないが、ミステリアスさも相まって余計に一般人の人気を集めている。金髪ハーフの美形大歓迎、というやつだ。 しかし若きトップは往々にして舐められやすい。彼は背もそこまで高くはないから商談の際の押しが弱いのだ。 お前は十分迫力がある、なんて言ってきた企業当時からの仲間の意見もあったものの対応策を考えるのは当然の話だろう。 そんな訳で、勝負時には専らガタイのいい社員を採用しており、それもただ迫力があるだけでは勤まらない。ジョルノの意を汲んでサポートできる頭の回転が必要なのだ。幸運なことに、両方を備えたジョセフ・ジョースターという食わせ者がいたので、彼の同伴がかかるのが本気の合図だった。 「とはいえ、ずっとムキムキの男とばかりいるのはさすがのぼくも気が滅入る」 商談の連戦が続いたある日、疲れに任せて適当な呟きを零したことをジョルノはとてつもなく後悔する。何を勘違いしたか、はたまた純粋な親切だったのか、翌日に社長室の扉を開けた先で待っていたのは明らかに間違った女装でコーディネートされたジョセフだった。テキーラと申しまぁす、と語尾にハートをつけてしなを作る相手に眩暈がした。せめていつも秘書をしてくれているフーゴだったらもう少しマシだったんじゃないか、まで考えてやっぱり自分は疲れていると自覚する。そもそも女装が見たい訳じゃあない上、万が一フーゴにそんな話題を振ったら真面目すぎる彼は悩みまくった結果、決死の表情で実現しかねない。世の中にはからかっていい人種とやめたほうがいい人種がいて、フーゴは後者だ。 結局どうなったかというと、提携先の伊達男シーザーがジョセフの後頭部へ一撃を入れて回収していった。何故そんなに別会社の人間が気安いのかというと簡単な話、そこの社長がジョセフの姉なのだ。これは雇い入れてから判明した事実だが、風来坊なジョセフはしばらく音信不通だったらしく、ジョースター・コーポレーションの現社長、エリザベス・ジョースター(通称リサリサ)はジョルノが同伴させてきた弟にサングラスを取り落とした。社長付きの秘書、シーザーはジョセフと学生時代からの友人で何かあるたびに頭を下げてくれる。なんだか不憫になって時折差し入れをする関係だった。 ネタに事欠かない自社の日常にくすりと笑みを零しながらエントランスへ降りたところ、ひどく目立つ姿がそこにあった。 上から下まで白一色、帽子にコートにズボンまで真っ白なクリーニングを気にしたくなる装いの男は無駄な威圧感を放ちながらエレベーターまで歩いてくる。何せ、でかい。2メートル近くはあるのではないかという体躯はジョセフと変わらないのかもしれないが、纏う雰囲気は全く違った。愛想のひとかけらも見当たらぬ無表情、むしろ睨んでいるような眼差しは刺さるほど。裏社会から来ました、と言われても納得できる。基本、部外者はアポなしで通すわけにはいかないので、受付を越えたのなら誰かが呼んだのだろうが客にしてはあまりにも怖い。 思わず不躾にガン見してしまったジョルノは後ろで開いたエレベーターの音に我に返る。邪魔にならないよう扉の前から数歩下がると、中の相手が声を掛けてきた。 「社長、こんにちは。お昼ですか?」 柔らかく笑う青年に挨拶を返しながら軽く頷く。現在進めている企画の責任者、花京院だ。YシャツにIDカードを下げただけのラフな格好なのに、やけに清涼感がある。一瞬忘れかけた闖入者へ意識を引き戻されたのは次の瞬間だった。 「承太郎!」 穏やかな顔が一変、驚きに彩られて長い前髪を揺らしながら花京院が駆け寄っていく。その距離数メートル。 「職場には来るなっていっただろ?」 「あ?じじぃに呼ばれてんだよ」 責めるような声は潜めてはいるが、微妙な近さのジョルノには聞こえた。即答の相手は気分を害した様子もなく疑問符を浮かべる。早とちりに気付いたらしい花京院はハッとした顔で小さく謝罪の言葉を口にした。その呼んだじじぃとやらが気になるというか、うちにそんな社員いたかなとぼんやり思いつつ立ち去るタイミングを無くしていたら、花京院がそそくさと歩き出そうとする。 「おい」 「はい」 よく通る声が二歩も進まないうちに呼び止めた。どこか所在無げな花京院へと白い男が言葉を続ける。 「帰りは何時だ」 瞬間、綻んだ表情を目にしてジョルノは思った。 (この茶番、見守らなきゃいけないんですか) 明らかな事故だった昼休みから数週間後、濃すぎる日常のひとコマとして処理したはずのトラップはまたも現れた。ちなみに前回は我に返れたあたりでさっさとビル外へ立ち去っているのでどうおさまったのか知る由もない。それよりも現在、ジョルノへ無駄なプレッシャーを与えてくれるのは乗り合わせた相手である。 閉まりかけたエレベーターを開くボタン、タイミング自体は仕方ない。自分が後から乗る立場であれば全力で見送ったのだが、逆であれば逃げようもなかった。諦めて不自然でない程度に盗み見てみると、いつぞやの白い男は随分な美形だった。この前は衣装を含めたインパクトで全てが吹っ飛んだのだ。コート下のインナーは黒く、重ねるベストから覗いた胸板は服の上と思えないほど鍛え上げられて見える。顔立ちへ若干のデジャヴを感じたが、それが誰かまでは分からない。 無言の空間はそう長くもなく、すぐ目的の階へ到着する。普通なら解放に安堵するところだろうが、ジョルノの警戒はここからだ。何もこの男が怖いから避けたかったのではない。 扉が開いてすぐの廊下、少し先の開けた自販機コーナーにやはり彼は居た。 「承太郎」 親しげな呼びかけと共に駆け寄る動きは実に軽やか。合わせて歩き出す白い男が程よい距離で手に持ったものを差し出した。びっしり決まった出で立ちに不釣合いな紙袋はどこぞの地方銘菓と思われる。 「ほら、弁当だ」 聞き惚れるバリトンで紡がれた音に思考が止まった。 (弁当!) 目の前の光景と発言が繋がらず、混乱のきわみ。受け取った花京院は「わざわざ悪かったよ」だのにこにこしている。またもや立ち去り逃したジョルノは相手の視線が己を捉えたことに硬直を解いた。 「社長、すみません通路を塞いで」 狭くもない廊下で端へ寄る花京院へ軽く首を振り、そういえばこの前も会いましたね、とさりげなく言う。白い男は会釈を返してくれたので、最低限の交流スキルはあるようだ。 「一緒に暮らしてる高校の頃からの友人で」 さらりと紹介された肩書きになんと返せばよいのだろう。それは仲が良いね、ぼくもこの会社は学生時代の友人と立ち上げて――なんてお決まりの愛想を振舞うのが精一杯だった。 「一人にするとろくな生活をしないから彼のお母さんから頼まれてしまって」 「最初におめーが押しかけてきたんだろ」 「君が不摂生で倒れたからだ」 やれやれと笑う花京院へ文句が飛べば即座に返す指摘でばっさりと。押し黙る男を見る限り、力関係はこの前と合わせて対等なのか。 やがて「今日はこのまま学会だ」とか去っていく美丈夫を見送りながら、突っ込みを胸にしまう。思いのほかまともな職業だっただの失礼な感想よりどれより、ジョルノの気持ちはただひとつ。 (惚気るならよそでやってくれないか) *** 台所へ顔を出す承太郎に気付いて、花京院が微笑んだ。 「美味しかったよ、ごちそうさま」 紙袋から取り出された弁当箱は包みも開いて流しへ浸かっている。本日の卵焼きは葱が入っており、醤油の味が濃い目だった。基本は交互に、場合によって不定期で作られる弁当のメニューには必ず日替わりで卵が添えられる。これは、最初にお互いの卵焼きを食べてから色々な味を模索した結果だ。各家庭の味を尊重しつつ、アレンジが重なって今に至る。その一品は二人にとって特別だった。 近付いてくる相手の口付けを受けながら啄ばみ、ふと思い出したように瞼を開く。 「そういえば今更だけど、ジョースターさんの呼び方なんとかならないのか?」 さすがに歳の近い青年をじじぃ呼ばわりは頂けない、そんな嗜めを受けて承太郎が眉を寄せる。 「無茶言うぜ、向こうだって明らかに孫扱いしてくんのによ」 「今生では親戚のお兄さん、だろう?」 にこり笑えば更に深くなる眉間の皺。お兄ちゃんって呼んで〜?と語尾を上げる姿が容易に浮かんだようだ。 微笑ましさで満たされる感情のまま再度キスをする。 ハッピーエンドに感謝を込めて。 |