お気持ちごと頂きます
登校ごとキャンセルをかけた一大行事は、その日だけで終わらなかった。 牽制しあった女子同士のおかげで机や下駄箱にチョコレートてんこ盛りは免れたものの、承太郎に対する卒業式までのカウントダウンでお呼び出しが急増。片っ端から無視を決め込んだ男前はハイエロファントグリーンの索敵能力の恩恵に預かり、残りの日数を花京院と満喫する。 卒業の日だけは囲まれることを良しとしたのは、承太郎というより花京院の情けである。 サボった土曜日からちょうど一ヶ月。 午後で終えた授業の開放感であふれる教室を後にして校門まで辿りついたところでなんとなくスタンドを発現。 いつもは日常でそこまで警戒もしないのだけれど、気が向いた理由はやはり存在するもので、知った気配を感じ取る。 触脚へ相手が触れたのを確かめて足早に向かう。やがて、いつも帰り道を並んで歩いた御本人様と対面する。 「やあ、卒業生」 学ランではない私服の承太郎に片手を上げると、向こうからも数歩踏み出した。 やっぱり靡く服装でないと落ち着かないのかコートを羽織っている。 更に帽子まで被っているので違和感がないのが違和感だ。 「わざわざ迎えに来てくれたのか」 隣へ並ぶと合図もなく歩き出す。慣れた空気が少しくすぐったくて、笑いながら顔を覗く。 「そんなにぼくに会いたかった?」 「悪いかよ」 即答レスポンスはまっすぐ一言。拗ねもなく真顔で返されては反応に困る。 「悪くはない、けど」 じっと見つめてくる相手の視線。言葉が続かず微笑で応える。 これ以上突っ込んでは完全によろしくないと判断し、強引に雑談へ移行した。 いつもの調子を取り戻して数分、そういえば彼の母、ホリィが在宅か聞かねばならない。 バレンタインではチョコレートを頂いてしまった手前、やはりお返しはするべきだ。 何を買うか渡すか迷った結果、気持ちには気持ちという結論に至る。 「実は初めて作ったんだが案外上手くいってね」 ラッピング含め、花京院母監修の元でオーソドックスなアイスボックスクッキーを焼き上げてきた。 ちなみにバリエーションはチェック、渦巻き、三角形と無駄に三種類。 生地を作った時点で思いのほか多くなってしまい、どうせならと形を増やしたら楽しくなったのだ。 「おい、何でそれを」 「味見はしたから大丈夫だよ、到底かなう味ではないけれど」 「そこじゃねえ」 入ると思った抗議に用意していた返答をするも不機嫌に遮られる。 そんなに母親へのお返しはまずかったかと考えながら首を傾げかけてハッと気付く。 「君、面倒な男だな。面倒な男だな」 「二回言うな」 素で呟いた感想は上乗せ不機嫌でベット二倍。 いやいやしかし妬くにしてもそれはどうだろうの気持ちが勝る。 「心が狭い」 更に畳み掛けた花京院の指摘にいよいよ舌打ちが鳴り、承太郎が帽子の唾を持つ。 「おめー相手に余裕ぶれるか」 今度こそ拗ねた様子の彼に心がぐらりと揺れる。 唸るように言葉を搾り出す。 「君の……そういう、ところが」 続行不可能、ドロップ確定。 掛け金代わりとばかりに鞄へ忍ばせていた小さな包みをぺいっと投げつけた。 スタープラチナを使わずしっかりキャッチした承太郎が手の中を確認して口元を緩める。 「あくまでメインはホリィさんだ」 丸、三角、四角のきっちり三種類。二枚ずつだけ包んだ透明な袋の端をすぐさま剥がす指。 止める間もなく口へと放り込まれるチェック柄を見守るしかない。 「行儀が悪い」 歩きながら咀嚼して飲み込み、満足げに一言。 「うまいぜ」 「それは良かった」 手を繋ぐ代わりに、するりと触脚を指へ絡める。 *** 「で、何か欲しいもんはあるか」 ホリィへのお返しを終えて小一時間ほどお茶を楽しんだのち、当然の如く私室へ連行された。 まあ元々寄るつもりではあったけれど、いくぞ、の一言で済ませるのはどうなのか。 そんな気持ちで戸を閉めて落ち着いた途端、胡坐をかいた承太郎が切り出した。 「まさかココアの?!」 思い至ってしまった出来事をそのまま口にすると相手が頷く。 「いやいやいやいや、律儀すぎるだろう……」 確かにバレンタインにかこつけはしたが、そこまでこだわった訳でもない。 ここまで引っ張られては、むしろ申し訳なくなってくる。 しかし、承太郎からすればそうとも限らないようで。 「さっきのといい、貰いっぱなしじゃあねーか」 このマメさはどこからきたのか。ハイスペックにそんなものまで加えてどれだけに最強になるつもりか。 いとしさがこみ上げるのを感じながら微笑んだ。 「あの日も今も、ぼくは君の時間を貰っているよ」 そうか、とぽつり落ちる言葉。なんだかじわじわと恥ずかしくなってきたのは気のせいではない。 手持ち無沙汰に前髪を指へ巻きつけようとして、急に身を乗り出した承太郎の近さに驚く。 「じゃあ、今日もおれでいいな」 後ろへ倒れかけた背を支えられ、引き寄せる力で相手の胸に。 いい感じにおさまってしまい、何より体温が心地良い。 「泊まる予定ではなかったんだが」 「どうしても帰りたきゃ送ってってやる」 噛み合っているようでずれている、その示すところはずばり。 「手を出さない選択肢はなさそうだ」 「程度は選べるぜ」 「それこそ愚問だな」 利き手を動かして鼻先を指でひと撫で。見詰め合ったまま、口角を上げる。 「ぼくも君も、少しじゃ足りないだろう」 瞠った瞳を確認し、瞼を閉じた。 |