心ばかりのあれやそれ


金曜の夜、八時半過ぎ。未成年は何かと肩身の狭くなり始める時間帯にて、承太郎から電話があった。
何か緊急の用事だろうかと受話器を耳にあて二言三言、すぐさま切り出された内容は耳を疑う。

「明日は休むぜ」
「何故わざわざ申告を……って、ああ」

電話の脇に張ってある銀行のカレンダーで日付を把握した。
今年は見事、土曜日に被ってしまったのだ。
普通の授業数より少ないこともあって心も軽い、そんなところへ重なる行事。
何の構えもなく登校すれば大変な戦場となる。主に承太郎の周囲が。
おそらく、というか間違いなく、花京院へ託す名目の二次被害を考えて連絡をくれたのだろう。
律儀で過保護だな、なんて思いつつも悪い気はしないので思ったまま口にした。

「じゃあぼくと出かけよう」

電話口で戸惑う承太郎、というなかなか乙なものを得て上機嫌に宣言する。

「制服は駄目だからな、いつもより一時間早く集合だ」

***

鈍行列車で揺られること三時間、格安切符のありがたさを噛み締めて駅へ下りた。
もっと近い場所もあったけれど、どうせなら足を伸ばしたくなるのが若さゆえの好奇心とノリだった。
白い息を吐きながら、隣をちらりと見る。トレードマークの帽子も学ランもない代わり、ロングコートはやはり黒い。
ポケットへ突っ込んでいる手を包むのはレザーであり、シンプルな服装なのにモデルのようだ。
否、素材が良すぎて服が良く見えるのかもしれない。ガタイの関係もあって未成年じゃないと言っても通るのではなかろうか。
補導を避けるための私服とはいえ、自分はともかく承太郎の貫禄はおかしい。
視線に気付いた相手が目だけで問うてくる。

「君は男前だと思っただけさ」


軽く笑って目的地へ促した。

「寒い!」
「朝だからな」

六時に集合すれば、乗り継ぎを鑑みても到着は十時前。
まだまだ雪が季節の彩を添えかねない暦なのだから当然ではある。

「冬の海を舐めていた、本気で寒い」

駅から程近い海岸沿いは、シーズンオフの静けさと寒波で迎えてくれた。
別に何もいまこの時期に来なくてもいいのかもしれないが、どうせなら相手の好きな場所をと考えたら ほぼ一択になる。
ドラマや何かでよく選ばれるシチュエーションだけれど、寒すぎて情緒もなにもあったものじゃない。
浪漫とは努力によって培われるものだと学んだ。
波打ち際を少しだけ歩いて、早々に屋根のあるバス停のベンチへ避難する。
些かマシになった程度の気休めを、自販機の飲み物で温めることにした。
硬貨を入れて、選ぶ指が押したボタン。ガコン、と落ちた缶を手袋のまま取り出して相手に渡す。

「はい、ココア」
「嫌がらせか」

本日、逃げてきた一番の理由を示す銘柄に承太郎が眉を寄せる。
繊維越しの温かさをぽかぽかと感じながら、花京院は笑った。

「いや、こういうのもいいなと思って」

断られる前提のココアは自分で開けて、一口飲み込む。
じんわり広がる温もりと甘さに息を吐く。その間、じっと見てくる承太郎へ言葉を続けた。

「折角のチャンスなのに君は出席せず、ぼくだけとこんなところにいる。そして一番にチョコレートめいたものを渡した。独占できる権利があるんだと実感もするさ」

読み上げるような台詞に相手が一旦止まる。

「随分浮かれてんな」
「次の日は休みだしね」
「普段いわねーくせに」

ぽつり、不満げな色を含んだ呟きに缶を両手で持ち直す。

「そりゃあ、浮かれていないと恥ずかしいじゃないか」

今度こそ目を見開いて固まった承太郎へ寄る。昨日の電話もこんな顔をしていたのだろうか。
背伸びをして口付けた頬は当たり前だがひんやりしていた。

「ふふ、冷たいな」

自然と細まる瞳で笑むと、顎が捕らえられ唇が重なる。
柔く食まれて離れた時には、手の中の缶は奪われていた。

***

「暗くなる前に帰ろうか」

ぬるくなりかけたココアを承太郎が飲み干すのを待って、花京院が立ち上がる。
いまからまた三時間、丁度お昼時を過ぎた頃なら、まさに学校の授業分の消費だった。
元々そんなに手持ちもない、行き帰りの電車代くらいだ。続いて立つ承太郎の唇からぶっきらぼうに文字が落ちる。

「寄ってけ」

どこへ、の問いもナンセンス。くぐり慣れた空条家の門を思い浮かべる。

「どーせてめーの分も用意されてるぜ」

張り切ってたからな、そう続くのが示す意味はずばり。
くすくすと笑いが零れる。

「君もぼくもホリィさんからひとつ、だね」
「さっきのはどうした」
「あれカウントするのか」

別にそこまでこだわった訳でもない。瞬く花京院に承太郎はやれやれと肩を竦め、ごく自然に手を繋いできた。

「てめーにはとっくにやってるし貰ってたな」

引かれるていで歩き出し、人通りのない道で肩を並べる。

「明日は休み、なんだろ?」

耳の染まる原因は冷えたせいか、囁く声か。
手袋越しが微かにもどかしく、ぎゅっと指を絡めあう。



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