明々白々、はいどうぞ


放課後になると女生徒を撒いて校外で落ち合い、少し遠回りをして帰路に付く。
約束も特にせず高い頻度で承太郎の部屋に寄り、音楽を流しながら他愛のない話をする。
沈黙が落ちてもそれは気まずさではないことを互いに理解していて、本を読むだけで過ぎる時もあった。 緩やかな平和のカレンダーは日めくり式で一枚一枚、軌跡の如く。
暖房がなければ過ごしづらい気温になった頃。隣から幾らか間を空けて座った相手の雰囲気がいつもと違う。 承太郎、と呼ぶその音に視線を巡らせれば、花京院が真面目な顔で言葉を切り出した。

「ぼくは君を好ましく思っているし君と過ごす時間は掛け替えのないものだと感じている。 だが最近どうもぼくの中で親愛の定義が曖昧になってきたようにも思う。 君は当たり前に二人になろうとするし、いやそれはいいんだが何だか距離も近いし、 旅をしている時の狭い車の中じゃあないんだからそこまで密着する必要はあるだろうか。 君とはすぐ互いをカバーできる構えを取っていた自覚もあったよ、しかし今は日常だ。 ぼくもこういう自意識過剰なことは言いたくないけれど、承太郎、君のその態度というかその他諸々は 死線を潜り抜けた仲間、の贔屓目を差し引いたとしても――」

長々と説明じみた語りで文字数を稼いだ口が戸惑うように一旦止まり、それでも意を決して問う。

「いわゆる、恋人にするものじゃないのか」
「じゃあそうするか」

おそるおそる窺ったていの花京院に対し、承太郎の返答は単純明快。
分かりやすく目の前で固まった表情が、待てのジェスチャーと共にぎこちなく動く。
挙手めいたポーズで、ゆっくり――おそらく聞き間違いではないかの希望を込めて――質問。

「すまない、今の流れがよく分からないんだが」
「恋人ならいいんだろ」
「そこじゃない、そうじゃない」

再度の答えにいよいよ真顔になった花京院の声音が心持ち低い。
無意識で口元へ指を持っていきかけて、そういえば今日はまだこの部屋で煙草を取り出していないのに気付く。 指の行き場を誤魔化すよう帽子の唾へやり、相手を見据えた。

「おれはおめーが好きだぜ」

ぱちり、と瞬いた花京院の瞳。

「ありがとう、ぼくも好きだよ」

反射みたいに素の表情で紡がれた言葉に嘘はなく、思わず口元を緩める。
ややあって我に返った花京院が眉尻を跳ね上げた。

「完結した、みたいな顔をするんじゃあない!」
「何が気に入らねーんだ」
「これは盛大な前振りか?ぼくは乗るべきなのか?」

真顔プラス眉間へ皺を寄せて不服を訴えるのに頭の後ろの髪を掻く。
突き刺さる視線の鋭さは痛いほどだが、生憎ダメージを受けることはなかった。

「てめーが言うからハッキリさせたんだ」

崩していた足を片方立てて、畳の目へ指を滑らせる。
とんとん、と叩くのはいつもなら花京院が座っているだろう場所である。

「おれは関係に名前が付こうがどうでもいいが、おめー以外を隣に置くつもりはねえ。 それが恋人ってくくりになるならそうなんだろうよ」
「暴論だな」

棘のあるトーンに軽く肩を竦め、傾げた首を鳴らす。

「今んとこだが、傍にいりゃそれでいい。他の奴に取られるってんなら黙っちゃいねーがな」
「ぼくはものではないんだが」
「知ってるぜ」

呆れさえ混じった応対に口の端を上げる。

「おまえ自身が望んで隣を選ぶんならおれは容赦しねーし、逃がすつもりもないって話だぜ」
「友情という選択肢は」

唇から漏れた笑いが音になった。吐き出したそれは馬鹿馬鹿しいといわんばかりに響き、空気に溶ける。 今度こそ完全に弧を描いた口からするすると言葉が生まれた。

「花京院、そいつはおかしな質問だ。てめーがおれの態度はまるで恋人だと言った。 おれは改めるつもりはねえ。ならそれを受け入れるか受け入れないか、二つに一つだ」
「脅されているのか口説かれているのか分からなくなってきたな」
「好きだ」
「いや、だから」
「花京院」

先程から崩れかけのポーカーフェイスを保とうと花京院がついに目を逸らした。
呼ぶと同時に身を乗り出す。帽子が後ろへ落ちた。

「好きだ」

息の掛かるくらい近い距離、しかしどこも掴んではいない。
突き飛ばすなり逃げるなり自由な体勢ともいえる。
捉えた瞳が一度揺れて、目元からじわじわと赤い色が広がった。
やがて僅か目を伏せ、ぽつり。

「…………力押しにも程があるぞ」

陥落の合図にようやく頬へ触れる。ちら、と見上げる仕草に囁きかけた。

「今更、ってやつだぜ」
「確かに」

大きく長い溜息をついた花京院が、観念したように額をこつりと当てる。
温かい体温にまた笑って、どちらともなく目を閉じた。


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