Do you believe in LOVE?
高校生から見て28歳は大人で、それはそれは遠い未来に思える。 突然現れた年上の甥がハイスペック極まりない美丈夫だっただけでもファンタジー。 その友人です、と現れた男がこれまた正反対な優男。しかしアンバランスどころかしっくりくる二人組は存在そのものに隙がなかった。 あまり積極的には口を開かない承太郎を絶妙にフォローする気遣いは年季を感じる。 趣味も話題も豊富な相手と打ち解けるまで僅か数刻。花京院典明が仗助にとって尊敬できる大人にカテゴライズされたのは杜王町での活躍も鑑みて当然といえた。 大きな事件があったおかげで財団の支部も設置され、二人が訪れることも稀にある。 時間があれば顔を出す年長者に懐いた高校生たちが群がる微笑ましい風景。 カフェ・ドゥ・マゴでの穏やかなひとときで生まれた質問は後から考えれば完全に藪蛇であった。 「いますよ」 涼しい顔で短く肯定した花京院に高校生は湧いた。 ――そういえば、付き合ってる人とかいないんですか? ポピュラーな質問が誰の口から出たのか最早覚えていないが、確かにそれは仗助も興味がある。 承太郎も花京院もオープンテラスに腰掛けた時から道行く女性の視線をちらちらと受けているし、本当にもてるのだ。 なのに二人からはおよそそのような雰囲気、空気、上手く表現できないけれど言ってしまえば恋愛への興味が感じられない。 すげえ大人ってのは隠すのもプロ級なんだろうと思うくらいでとどめていた疑問を今こそ解くことが出来るのか。 「どんな人なんスか?花京院さんの恋人って」 そわそわしながら質問を重ねたところ、今まで開かなかった口がいきなり低音で切り込んだ。 「花京院が世界の全て……って奴だぜ」 「なんで承太郎さんが答えたんスか」 噛み締めるように真顔で――この男はだいたい表情が動かないが――言ってくれた親戚に思わず即答のツッコミを入れる。 しかしそこへ浮かべた笑みを変えぬまま花京院の肯定が続いた。 「知ってるとも」 「何よりだ」 交わした目線は一瞬、そして承太郎のしたり顔。 流れた空気が甘やかだったのは目の錯覚ではない。 「えっ…」 動揺を口に出したのは仗助か億泰か康一か、むしろ全員か。 何事もなかったようにケーキをフォークで突付く花京院が目を細めた。 「独占欲が強いのが玉に瑕でね」 どっちが、だとか馬鹿馬鹿しい問いを投げる気にはさすがになれない。 考えればヒントなどそこかしこに散らばっていたのだ。 開けなくて良い蓋を開けた事実を、仗助は知る。 一度バラしてしまえば躊躇もないのか、はたまた最初から気にも留めていなかったのか、年上の甥とその相方はあっさり色々話してくれた。 いや、それより今までの会話が既に惚気だったことを痛感するばかりである。 頼もしい友人の武勇伝も、視点を変えれば恋人語り。承太郎は素晴らしいパッションがこれでもかと溢れている花京院に同意して頷き、またその様子に満更でもない承太郎という図式は真実が分かった現在、素直な気持ちで迎えづらい。 確かに思い出話は興味深いネタばかりで内容としては恋愛のれの字もないのだけれど、逆に互いの日常に溶け込んでる唯一無二感が強調される。 未だ切り替えの上手くいかない仗助を置いて順応したのが彼女有りの康一だった。 「お二人はどんなところにいくんですか?」 さらりとぶっこんできた問いにコーラを噴き出しかける。 (デートの話題振りやがった!!この二人に!!) お前が勇者か、と心の中で称える事しかできないうちに話は盛り上がり、まさかの初デートの話題へ進む。 そういえば承太郎も花京院も学生だった時代があるのだ。どうも今の姿を見ると想像が難しい。 想像の追いつかない仗助の前で、花京院は真面目な顔を作る。 「最初に遊園地はよくないとか映画は別れるとかいうじゃないか」 「はあ」 「朝一で映画を見てから遊園地に行ったね」 「それできる時点でめちゃくちゃ仲良しっスよね?!」 死線を潜り抜け、落ち着いた平和な時間を得た二人の行動は突っ込み所しかなかった。 元気になったから遊びに行こう、それはいい。初デートか、と浮かれるのも仕方ない。 だがそこで、謎の反骨心を持つ必要があったのか。 「水族館は承太郎が楽しいだけだったし、あ、もちろんぼくも楽しかったよ。イルミネーションに縁切り神社その他諸々、噂になるのって大概は結局定番の場所だったりもするからなあ」 指折り数えるスポットはあれもこれもジンクス祭。巡れている時点で彼らの大勝利だ。 「わざわざ別れる噂のところ狙ってったんですか……」 「スタンプラリーのようで楽しいだろう?」 「そんな挑戦的なラリー聞いたことねえっスよ!」 邪気ゼロパーセントで微笑む花京院が強すぎる。また聞き役に徹してた承太郎がスッと何かを差し出す。 「写真も撮った」 目に入るのは背中合わせにいい感じの角度で映る学生二人。 長ランすげえとかたまに映る私服が気になるとか写真そのものにも大いに興味が膨らむが、その枚数は何事か。 「証明になるかと思って」 「完全にただのデート!」 補足する花京院にもはや見たままの発言しかない高校生組。 第一、承太郎はどうして持ち歩いているのか、何故いま出してきたのか。 もしかしてずっと誰かに言いたかったのではと混乱極める仗助の心中も知らず、花京院がにこにこと笑う。 「日本って写真撮ってると割と誰かしら声掛けてくれるから2ショットコレクション状態だよ」 ――それ多分ほとんどが逆ナンだと思います。 二人以外の全員が思ったが口に出さなかったのは、きっと分かってて口にしているだろうという諦めである。 「学生じゃ行けるところも限られていたから、大人になって巡った場所もあってね」 「あっ、そのラリーまさかの進行形ですか」 昔からの親友なんてすごいと思っていたが、こういう人だから承太郎の相手なんだなと改めて思った。 *** 珍しくつるまず歩く昼下がり、馴染みのカフェを通り掛かると花京院がいつもの定位置に。 ただ、向かい合って談笑する相手は承太郎ではなかった。 あれこれ話す内容の詳細は知れないが、表情からしていつもの武勇伝の可能性は高い。 声が幾らか聞こえる位置に差し掛かったあたりで、スケッチブックを広げた男が一言で斬り捨てた。 「惚気か」 (この漫画家先生はよォーーーーッ空気読めよォオオーーーーーッ!!) 仗助たちが必死に抑え込んで耐えたセリフを躊躇せずに吐く無神経さこそ岸部露伴。 胸中で絶叫する焦りとは裏腹に、花京院が何故か決め顔で自らの顎に指を添えた。 「惚気るなら本気を出します」 「だが断る」 もはや見もしないで言い放った露伴へ機嫌を損ねるどころか笑いが響く。 あははははは、とひとしきり零した花京院が何事もなく紅茶を飲み始めた。 やがて、そういえば新刊読みましたよ、だとか世間話に花が咲いて和やかな雰囲気となる。 呆気に取られた仗助の背後で、いつの間に現れたか分からない承太郎が事も無げに告げた。 「何を百面相してるか知らんが、あの二人はいつもこんな感じだぞ」 自分の周りにろくな大人がいないことを噛み締め、ああはなるまいと心に誓う。 |