シンプルに肯定


ソファヘどっかりと腰を下ろし、腕を組む。 少しばかり前にずれ、つばを引いたようになった帽子で光が遮られたが、瞼は閉じていたので特に支障はない。
眠るつもりもなく、小休憩のていで身を預けることしばし。ふいに近づいてきた気配がひとつ。
馴染みのあるそれにわざわざ反応する必要も感じずそのままでいたところ、帽子越しに手が乗せられた。 確かめるように優しく触れる仕草が数度、思わず疑問符が頭の中に浮かんで固まった承太郎はややあって撫でられた状態で首を巡らせる。

「あ、ごめん」

ぱちくり瞬いた相手の顔が驚いた様子だったので、それは自分のほうだと心中のみで呟く。

「普段は届かないから、ついね」

背凭れを挟んで立つ花京院が我に返ったように手を離す。
確かに身長差を考えれば難しい高さであるかもしれないがイコール今の行動には結びつき難い。
視線のみの問いかけが伝わったか、うーん、と考える仕草をしたのち、柔らかく笑った。

「かわいいなあ、と思って」

――何がだ。

今度こそ思考停止した承太郎をよそに、背凭れへ肘を乗せて花京院は上機嫌である。
これは何を言ったとて意思疎通は図れないだろう、そう結論付けて投げやりに零した。

「好きにしな」
「お許しがでた」

またも嬉しそうに笑い、今度は帽子を完全に取り上げて髪へ触れてくる。
慈しむような手つきに肩を竦めて息を吐いた。

一度許せば味をしめたのか、花京院はたびたび頭に手を伸ばす。
許可を取ることは半々というか滅多にない。
別に害があるわけでもなく、鬱陶しければ咎めるだけだ。
しかし、不思議と嗜める気にもならず好きにさせていた。

「承太郎、少しかがんでくれないか」
「何だ」

そこまでの前提があるのに何の疑問も持たず相手と目線を合わせた承太郎は、
学帽の上から乗った掌になんとも言えない表情を浮かべる。
ついに真正面から撫でることに成功した花京院の実に満足げな微笑み。

「よしよし」
「……」

たっぷりとった沈黙はゆうに二秒ほど。
全く自慢じゃないが同年代で承太郎の視線に長く耐えられた者などいない。
今更に今更な話とはいえ、緩みきった雰囲気に常々感じているそれを口にした。

「てめー、おれをペットと勘違いしちゃいねーか」
「まさか」

猛獣を手懐けたとか思っていないよ、なんて信憑性のない言葉を追加して花京院が手を下ろす。
微妙な体勢から解放されて首へ手をやりながら先を促せば、ぴっと指を立てた。

「頭って、あんまり触られて嬉しい部分でもないと思うんだ。個人的にだけど」
「おい」

無意識に声が低くなるのも致し方ない。

「自分が嫌なことをどうしてやるのかって?」

即の切り返しに相手は悪びれず目を細める。

「愛でるって気持ちが分かったからかな」

穏やかな声音に顰めていた眉間から力が抜けた。

「君だって、あまりべたべたされたくないタイプだろう?それがぼくに気を許してくれるのはすごいな、と」

問いかけておいて一人で納得する花京院は、うんうん頷いてふいに口元をほころばせる。

「いや、違うな。嬉しくて、だ」

はにかむよう笑った顔へ誘われて肩を掴んだのは承太郎からすれば仕方のないことといえた。
音もなく、柔らかさと体温だけで示される行為。
唇が離れれば、目を見開いた花京院。

「ここまで近づいといて気を許すもねぇだろ」
「物理的な話じゃなさそうだ」

誰が意味もなく無防備など晒すものか。端的に込めた台詞に白々しい答えが返る。
些か視線を逸らし、目元を染めた相手こそタチが悪いとつくづく思った。

「言っとくが、さっきのてめーのがよほど恥ずかしいこと言ってたぜ」
「え!そ、そうかい?」

思案顔で顎へ指を当てる花京院は本当に分かっていないらしい。
至近距離で寄せられた眉は真面目に沈黙し、数秒後、結論を結んだように自分へ視線が向く。

「誤解されてないといいんだが」
「どうした」
「僕は君が触れてくれるのは全部嬉しい」

――どうしてそうなった。

真顔で停止した承太郎の脳裏に、頭を触られるのは云々の説明が遅れて浮かび上がる。
そういう言い訳か、しかしそれにしても誤解どころの発言じゃない。
もしかしてこいつは実はアホだろう、とかなり本気で思いながら、含まれたものも正しく受け取った。

「煽ってんのか」

肩を掴んだままの指へ少し力を入れる。僅か震えた感触は怯えではない。
窺う目線と開かれた唇。

「……ダメかな」

ここまで振り回しておいて不安げとは恐れ入る。
空いた手で帽子を引き下げた。

「やれやれだぜ」

トレードマークで隠した表情は伸びてきた指で暴かれてしまい、君ばかりずるいと瞳で諭される。ばつの悪い顔で向かい合うともう一度息を吐き、すぐさま奪い返した学帽を放り投げた。誘う両手が頬を包むのに笑いを零して、深い口付けに興じる。


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