こじれない、ほどけない


別にそのことが不満という訳ではないが、学生の頃から釈然としないまま年月が過ぎてしまった。
花京院からすれば要するに文句だとか言われそうな現実はさておき、気になることを十年放置した承太郎は耐えた方である。
厳密には毎回ちょうどいいタイミングでそれがどうでもよくなる状況になっていたわけで、幸せ者といえばその通りだ。
そんな掘り返す必要のない話題を出してしまったのはそれこそ、甘えだったのかもしれない。

連日冷える気温から夕食は鍋になった。大雑把に切った白菜と水菜と豆腐と白滝。鳥団子はミンチから生姜を混ぜて、別の肉も待機している。とりあえず煮込んでポン酢で食す、水炊きのような何かは二人の冬の定番だ。食べたい出汁があればどちらかが買って来るし、こだわりも特にない。
卓上コンロに乗った土鍋へ箸を突っ込む途中で投げ掛けられた脈絡ゼロの質問に花京院は瞬きもせず即答した。

「即刻別れる」
「はあ?!」

思わず掴んだ豆腐が真っ二つに割れたが、目の前の相手は鳥団子をもぐもぐ咀嚼する。

「その台詞は突如そんなこと言われたぼくのものだろう」

飲み込んでからの一言はまさしく正論ではあったけれど、話はそこで終えられない。
不服な視線を自分こそ不愉快だと跳ねつけて今度は白菜をひとくちふたくち。口の中を空にして花京院が目を眇める。

「これだけ甲斐性のある君が他に行くなら本気だ。心変わりは残念に思うが、粛々と受け止めようじゃないか。ああ、安心してくれ。ちゃんと失踪とかこれみよがしなことはしないで今までもこれからも友人ですよ、のていで振舞うし、なんだったら結婚式のスピーチだってしてやろう」
「何故そこまで飛んだ」

承太郎が投げたのは問いであって決して別れ話ではない。むしろそんなもの出るはずがなかった。
単に純粋なる好奇心と疑問と、自分は嫉妬するのにお前はしないのかという長年の拗ねをぶつけただけだ。
それをよりによって即決終了。しかもアフターケアの万全さまで語られては納得もいくはずもない。
責める意味合いの強い突っ込みにとうとう花京院が声を荒げた。

「だいたい、君と誰かが仲睦まじく歩いてるって前提が分かり難いよ!リアルにホリィさんが浮かんで微笑ましいなって終了したぼくの想像力を舐めるな。それだけ身内以外に心を開けるならもう結婚しろ、祝福する」

語るうちに淡々と低くなっていく声は不愉快極まりないというばかりで、文末に向けて内容と感情の齟齬が見受けられる。

「おれはてめーしか興味ねーよ」
「知ってるさ、だからそうじゃない要素が出たなら終わりだって、」
「終わるな」

怒りでトーンが下がったのは相手だけではなかった。遮る音程は切り裂くように響き、一瞬生まれた空白へ叩き付ける。

「食い下がりもしねーであっさりとなんなんだてめーは、おれのことなんだと思ってやがる」
「好きですけど?!」
「じゃあこの先もずっと一緒にいろ!」
「そのつもりだ!!」

被せ気味の逆切れ返答は更なる勢いを呼び、互いに叫んだところで空気が止まった。
承太郎より幾らか相手のほうが大声だったのは張り合いのようになったせいかもしれない。
形容し難い沈黙の中、箸をかたんと置いて花京院が額を押さえる。

「…………ぼくたちは何の話をしているんだ」

無残に崩れた豆腐を箸で掬うのも諦め、承太郎も机へそっと置く。

「再確認、だな」

鍋の向こうで動かない相手は俯いてしまい、耳まで赤い。

「愛情の」
「もういいです」

ハイエロファントまで使って全力拒否する花京院を抱き締めるまで三十分ほどかかった。


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