所有格をつけまして


「はい、届けもの」

通い慣れた屋上での昼休み。花京院からすました表情で差し出されたのは色とりどりの封筒だった。 何かと問うまでもないそれを束で受け取り、弁当を取るのと引き換えに鞄へ詰める。

「おや、きちんと持って帰るのか」

少し驚いたような相手の反応には(えらいじゃないか)という意味も含まれていそうで溜息を吐く。

「その辺のゴミ箱やらに捨てたら面倒だからな。まとめて焼却炉に捨てる」
「優しさと見せかけて容赦がなかった」
「家まで持ち帰って万が一見つかってみろ、喧しいだけだ」
「ああ……」

身も蓋もない返答に眉を顰めかけた相手も、続いた説明に納得した相槌を零す。
承太郎ったらモテモテね!とハートマークを飛ばして喜ぶだろう母親のテンションは御免こうむる。 この手のものは受け取らないことくらい分かっているくせに、渡す奴も請け負う花京院もなんなのか。

「てめーが断ればそれで済む話だろーが」

復学してから常に傍に在るのは気を許しているだけでなく、いわゆるそのような関係だからだ。
わざわざ主張しろなどとは思わないにせよ、躊躇せず他人の恋文を渡されると文句も出る。
視線を受けた花京院は、きょとりと瞬き、心底不思議そうに口にした。

「手紙が届いたとしても思いが届くことはありませんよ、とでも言うのかい」
「誰がトドメ刺せつった」

穏やかな語り口での辛辣な台詞に思わず即答。すると心外そうな顔で目を細める。

「そんな可哀想なこと言う訳ないだろう」

明らかに話が噛み合っていなかった。
若干の混乱で停止する承太郎を置いて、花京院は肩を竦める。

「JOJOは受け取るつもりがないようなので、って言うことにするよ」
「最初からそうしてろ」

帽子の唾を弄ることで溜息と共に復活すると、困ったように笑う相手。

「それでも花京院くんなら、とか畳み掛けられてつい」
「おめーは優しいのかどっちだ」
「いや、なんというか」

いよいよ呆れの様相を呈する承太郎に些か歯切れ悪く言葉を切った花京院。
口にするか迷ったのも僅かな秒数で、すらすらと紡ぎだした。

「ぼくを通せば少なくとも君までは到達する第一関門突破のような扱いが面白くてね。 君にとっての特別と認識されているのは悪くない。どうせ応じないのだから握りつぶす必要もないだろう?」

笑うでもなく涼しい顔で、最後は軽く首を傾げてまで言い放つ。
毒気のない暴言は秋の空に吸い込まれた。

「性格悪ぃな」
「おや、知らなかったのか」
「いいや」

間を置いての感想に口の端を上げた花京院は愉快げで、ゆっくりと否定を返す。
確かにこの男は平和を好むし理不尽な暴力は容認しない。だが清廉潔白だけならば、そもそも自分に興味も持たないはずだ。 益のない憶測を早々に止め、今朝方の一幕を思い出す。
登校する二人へまとわりつく女生徒は全て承太郎目当てと見せ掛けて、花京院に粉をかける輩もいるのだ。 白熱したキャットファイトから一人がバランスを崩し、あわや転倒。危なげなく支えた花京院へ頬を染める少女。 気をつけて、と微笑む相手の声音は陥落させるに値する破壊力だ。
ポケットから煙草の箱を取り出し一本咥える。

「嫉妬するこっちがアホらしくなるぜ」

言うつもりのなかったぼやきが滑り落ち、途端反応してきたのはそれまで静かだった花京院。

「なるほど、ぼくが嫉妬しないと言いたいようだ」

些か感情の込められた口調はそれこそ面白がる態度そのもので。
隣から正面に身を乗り出してきた相手が覗き込む。

「甘いな承太郎、独占欲とはつまり優越感だよ」

息の掛かる距離で艶やかに笑い、軽やかに伸びた指が顎をくすぐるように掴んだ。
上向くと同時にもう片方の手で火のつく前の煙草を奪い取る。 薄く開いたままの唇が重なり、差し出された舌を擦り合う。 深い口付けになる前に離れ、誘うように隙間を舐められた。

「君が欲しいのはぼくだけだろう?」

蕩ける瞳へ応えるよう、押し付けた己の唇と舌で口内を貪る。
伸ばした掌で頭の後ろを固定すれば心得たかのごとく身体の力が抜けた。
赤くなっていく目元の端には涙が滲んで、相手の腕はいつの間にか背中へ回る。
見つめ合うキスに息が上がり、それでも何度も啄ばむ動きが欲を煽った。
やがて絡みつく舌が名残惜しげに糸を引いて、くたりと承太郎の腕に凭れ込む体温。
熱を持った身体へ圧し掛かるように体重を掛け、花京院がねだる視線で見上げた。

「言葉ではくれないのかい?」

ぞくり、昂ぶった衝動を持て余し背中を撫でる。

「ここでいいんならな」
「ふふ、どうしようかな」

くすくす零す笑みには否定はなく、ただ承太郎の言葉を待つ。
とっくに鳴った予鈴も本鈴も花京院にはどうでもいいらしい。

「てめーが欲しい。全部だ」

言い切れば満足とばかり微笑んで、軽い口付けが鼻先に当たった。


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