Yes, I'm just feeling now !


ポルナレフは見た。けっして見たくて見たわけじゃない上に回避不可能だったことを鑑みれば彼に落ち度はなかったのだが、いかんせん相手が悪かった。
旅の仲間である花京院典明という男は内に入れた者に対して敬意を払う。一番わかりやすい例はジョセフへの丁寧さ、アヴドゥルへの気遣い、そして承太郎への信頼だ。ポルナレフも嫌われている訳ではない、断じて。それは自信を持って言えるだろう。ただ少し、ほんの少しか悩む程度には当たりが厳しい。気安さはありがたいし、いつもは何とも思わないのだけれど、今回に限っては完全に裏目に出たといえよう。

移動中の小休止、持ち回りで食事を買いに行ったポルナレフはジョセフと別れ、車近くで休んでいるはずの二人を探した。すぐ近くに木陰があり、予想通り凭れて休んでいるところへ近付いていく。
寝ていたら悪いと思い、ある程度顔が見えた時点で違和感を覚える。

――距離、近くね?

承太郎は花京院の肩に寄りかかっており、帽子で顔が隠れているので起きているかわからない。
対する花京院はというと幹に背を預け本を静かに捲っていた。凭れる相手を気にした様子が全くなかった。
声を掛けるタイミングを完全に逸したポルナレフがぽかんとしていれば顔を上げ、なんだポルナレフかと口にする。

「飯買ってきたんだけどよ」
「ありがとう。買い物はまだ掛かりそうか?」
「ジョースターさんがSPW財団に電話してくるってよ」

頷いて紙袋を受け取る花京院へ承太郎は寝てるのかと問うと、ふ、と表情を和らげて。

「ああ。ついさっきやっと眠ったんだ。折角だから皆が戻るまで寝かせてあげてくれ」

そう言って傍らを見やる瞳はひどく優しく、生返事を返すに留まった。

一旦引っかかると全て見えてくるのが芋蔓式であり、気付いたことをポルナレフは後悔する。
とにかく二人は近い。普段はそこまででもなく程よい距離を保っているが、何かの拍子に躊躇わず接近していく。
しかもどう見ても互いに無意識だ。件の微笑を見なければ、仲いいなー、で済ませる話がどう考えても違う。
極めつけは車中泊での二人のやり取り。当然のように隣へ座った承太郎の帽子を花京院がおもむろに外したのである。
途端、気付いたように被せなおし、一言。

「木陰じゃないからそのままで良かったな」

気にもせずされるがままの男にそれこそ思った。嘘だろ承太郎!
混乱する頭で思い返してみると、そういえば何度目かの木陰休憩にて――実はあれから何度か遭遇していた――寝転がる承太郎とそれを見守る花京院、みたいなものを見た気がする。その顔には帽子が日除けに置かれていて、そうやって寝る彼を知っている身としては何ら気にする光景ではなかったのだがあれがこのやり取りを経て行われているとしたら勘弁して欲しい。

いや、別に構わないというか偏見もない。
単にポルナレフが言いたいことは何かというと、くっつくなら早くしてくれ、の一言に尽きる。
さりげなーく話題を振るつもりで花京院へ探りを入れてみた。
割と回りくどい感じで導き出した彼の自覚はひどかった。

「承太郎がぼくに安らぎを感じるはずないだろう」

寝言は寝て言えレベルの冷たい視線と声音である。どの口が、本当にどの口がそれをと肩を揺さぶりたい。
だがしかし花京院の性格上、ここで突付いても本気の怒りに発展するだけだ。
仕方がないので、承太郎から解決することにした。むしろ最初からそうすればよかった。

「お前ら、あれどうにかしろよ」

同室と酒にかこつけて言い放った要望は、やはり自覚のあった当人にきちんと受け止められる。
彼もタイミングを図っていたらしく、近々カタをつける、と真顔で頷いた。
表現に若干ズレている可能性を感じたが、ポルナレフは酒のせいにした。

翌日のことだ。夜中にトイレに起きたついで、何とはなしに廊下へまで出て思わず壁に張り付いた。

「すまない、君がそんなに疲れていたなんて気付かなくて……友人失格だな」

月明かり差し込む窓際、その脇へ追い詰められた態勢で花京院はごく真面目に呟いている。
状況を察したくはないが察した。
承太郎はわかりやすく行動に出たのだが、斜め上解釈を飛ばした想い人は本気で心配で返してきた。
拷問なんてチャチなもんじゃない鈍感にポルナレフが辛くなる。
すると承太郎が壁へ突いた腕をぐっと曲げて顔を寄せた。
さすがにそれを見るのは罪悪感が!などと慌てる傍観者を置いて寸でで唇を止める。

「このまましても構わねーが、おれはちゃんと理解してるてめーとがいいぜ」

囁いて拘束を解く承太郎より先に急いで部屋へ戻った。
花京院の顔は見ていないが、見ていいのは一人だけだろう。

更に翌朝、これでもう時間の問題だと肩の荷が下りた気分で散歩に出かけた矢先、何か聞こえてきた。

「承太郎…もしかしてぼくが好きなのか……?」

――そりゃねーぜ花京院!!

というかお前ら頼むからもっと人気のないところを選べ、ホテルからちょっと歩いた通りとかどういうことだと説教したい。割と早い時間だからポルナレフ以外には誰も居なかったが、自分のいない場所でお願いしたかった。
本気でいまやっと気付きましたな花京院に重く息を吐いた承太郎の肩を脳内でそっと叩く。
あれこれ益のない問答を続けるうちに両者ヒートアップ、主に花京院は混乱で、承太郎は理不尽に対する怒りとみた。

「ぼくはどうしたらいいかな!君のいいように!」

最終的な問題発言に噴きかけて口元を押さえる。
勢いで口走った本人が、あれ…?と傾げた頭で反芻するより早く承太郎が答えた。

「じゃあ付き合え」

恐ろしくドスの聞いた告白である。

「え」
「付き合え」
「あ、はい。どこに…?」

この期に及んでぽかんと問うてくる花京院の腕を掴み、真顔で告げた。

「人生の最後まで」

ポルナレフの頭の中で祝福の鐘が鳴り響く。


***


「いやー、あの承太郎はやばかった。おれでも惚れる」

あの後、状況を理解した花京院が陥落するプロセスを確認してついブラボー!とおもいきり拍手してしまいエメラルドスプラッシュをばっちり食らった。
思い出話に花が咲くのは酒が入れば仕方のないことで、旅が終わって十年、三人で飲むたび肴になる。
上機嫌に台詞まで再現した瞬間、ダン!と机を叩き付ける花京院。

「ふざけるなよ、ポルナレフ……」

目の据わったまま、地を這うような声が響く。
びくりと肩を揺らして様子を窺うとズアッ!とポーズを決めて叫ぶ。

「承太郎はもっとカッコ良かった!」

――あ、酔っ払いだこれ。

すうっと酔いの冷めるポルナレフの視線の先で、承太郎が満足げにニヤついていた。


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