染められたいのか、染めたのか。


壁際まで追い詰められていよいよ後がない。
座ったままじりじりと逃げる態勢をとった花京院を真顔で攻めてくるのはこの部屋の主である承太郎だ。

「常識的に考えて無理だ」
「やってる奴がいるから方法があるんだぜ」
「よしんばそうだとしても君を標準で考えないで貰おう」

きっぱりと断っても引いてくれず、あくまで押し切るつもりの相手へ重ねてノーを。
勢いづいて畳へ掌を叩き付けながら主張した。

「だいたい何故ぼくで決まったような流れなんだ。こういうことは双方の合意を確かめるものだろう」
「俺がてめーを抱きたい」

1HIT.ぐわんと殴られたような衝撃が頭を襲う。
そんなこと無駄にいい声で言わないで欲しかった。

「躊躇なく言える気概に感謝していいのか悩むところだが気持ちは嬉しい」

何とか立て直して、片手で落ち着けの意を示したポーズを取る。

「君のような男に直球で口説かれたら陥落する人も多いとは思う」
「おめーも綺麗な顔してるがな」

2HIT.別に顔ではなく男気とかそういう方向性での言葉かもしれないのに何故遮ってまでそれを言ったのか。

「自分ではよくわからないから反応しづらいけどありがとう」

常に真顔で口にしてくるから冗談かも分かりづらい。とにかくペースに巻き込まれたら負けだ。

「まあ惚れた欲目もあるだろうし、この際それは置いておくとしてだ」
「花京院」

それまで受け答えに徹していた承太郎がついに痺れを切らして名を呼んだ。

「てめーは何か勘違いしちゃいねーか」

ほんの僅か細められた瞳が話を聞けと見据えてくる。

「おれは確かに中身に惚れてる。が、この顔と身体とてめーを構成する全てに入れ込んでんだ。第一、おれにも好みはある。でなきゃ勃たねーよ」
「たっ」
「まあ、てめーじゃなきゃどうでもいい。その顔でややこしい性格の花京院典明ってぇ存在を望んでんだ」

連続HIT、コンボ発生、残機なしでゲームオーバー。
優しく壁を突く手の動きが逆に怖い。覗き込む承太郎が囁きかける。

「オラ、さっさと観念しな」

手で顔を覆う隙間もない近さに降参した。

「お手柔らかにお願いします」

そんなこんなで完全に押し負けた花京院はそれはもう丁寧に愛される羽目になる。


***


「本当にお手柔らかすぎて死ぬかと思ったぞ!主に羞恥で!!」

転がるベッドで傍らに文句を募らせるのは、あの日よりも年を重ねた花京院。
思い出し怒りで喚く相手へ承太郎はさらりと言った。

「てめーを傷つける訳ねーだろ」
「ちょっと黙ろう、君ちょっと黙ろうか」

あくまでも素で攻めてくる破壊力にいつかと同じようなジェスチャーで待ったを掛ける。

「十年やっといて今更」
「黙らねば物理的に塞ぐ」

だん、と拳が打ち付けられたシーツに波が生まれ、顔を見つめたままの彼がやはり真顔で。

「キスか?」

べちん。思わず裏手をぶつけた花京院は悪くなかった。

「なんなんだ、そのふてぶてしさはなんなんだ!くそっ、かっこいいな!」
「本音漏れてるぞ」

罵倒になりきらない吐き捨てにダメージを受けるわけもなく、やはり表情を変えず言ってくれる。

「てめーは可愛いな」
「君にはそうだろうけども」

ハイハイまた始まった的な気分で投げやりに答えたところ、眉間に皺が寄った。

「おれだけでいいに決まってんだろ」

いきなりの不機嫌は更なるうんざりを派生させ、花京院の溜息が零れる。

「ありもしない嫉妬はやめてくれないか。君、本当にめんどくさいな」
「やった後に文句言ってくるてめーも相当な」
「いつ言うんだ!時間を置いたらそれこそ話しづらいだろう!する前に聞いてきたことなんて――」

ついつい声を荒げかけて思考が止まる。

「あったな」

むしろ毎回だな、と脳内訂正が掛かるほどに承太郎はまず許可を求めた。
それどころか、承諾するプロセスに慣れすぎた花京院が右往左往するのも卒なくフォローしては腕の中に引き込んでいく。

「手酷く扱われた覚えなんてない…」

あまりの自然すぎる流れの積み重ねは色んな感覚を麻痺させていた。

「なんだこの紳士っぷり!本当に元不良か!」

混乱が爆発して謎の当てこすりになっても、受け止める瞳は強い意志のみを秘めて。

「お前のことはいつもマジで考えている」
「ありがとう、黙れ、黙ろう」

完全にキャパシティオーバーした花京院は耳まで真っ赤に染め上げて顔を覆った。

「幸せすぎてつらい」

沈黙して動けない間に伸びた指が前髪を掬い、恭しく口付けられる。

「贅沢な悩みだな」


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