日々是好日


▼3部

店内に入った瞬間、視線が集中するのも致し方ない。
男二人でフルーツパーラーへ立ち寄る時点でハードルが高すぎるのだ。
もっとも、行きたいと言ったのは花京院自身であり、さらりと承諾したのも承太郎だ。
一人で孤独と羞恥に耐え忍んで食べるより、開き直って二人で悪目立ちを選ぶ。
諦めるつもりは端からなかった。プライドその他と嗜好を天秤にかけて傾かせるくらいには花京院は図太い。 それでも最初は着替えて私服で訪れていたのだが、途中から学校帰りも気にしなくなった。

「学ランがどうとかより、君といる時点で目立たないのは不可能だからね」

いけしゃあしゃあとのたまう花京院が、丁寧な仕草でパフェの生クリームをすくって口へ運ぶ。鎮座ましますチェリーの存在感は大きい。

「そうかよ」

甘ったるい匂いに些かうんざりしつつ、目の前のケーキをつつく承太郎のフォークは進まない。
二択で悩んだ相手の好みは季節感たっぷり桃のタルト。お愛想程度に口にしたのち、これも花京院の胃袋へ消えるのだ。
幸福のリズムをスプーンで奏でるのを眺めながら、およそ似合うとは言い難いティーカップを持ち上げる。 悪くない紅茶と花京院の上機嫌を味わって、放課後のひと時は過ぎてゆく。


▼4部

もはや指定席に近い窓際のテーブルへ腰掛けて、メニューを開いた。
既に目星をつけた新作を花京院が確かめて早急にオーダー。先に頼んだ紅茶を飲もうとしたのは同時で、視線が合う。 一瞬ではなく、じっと眺めるような眼差しを受け、承太郎がカップを置いた。

「何だ」
「いや、そのスタイルを10年後も貫いている事実に今更ながら感心を覚えてね」

真顔で呟く相手に僅か首を傾げ、思い出したように帽子の唾へ触れる。

「これはマリンキャップといって」
「説明を望んでいる訳じゃないんだ、むしろ知ってる、君がその出で立ちを選んだ時に好奇心で調べたから」

素早く遮る口調に慣れを感じた。講義のような語りは長くなることを花京院は知っていて、不要と感じれば切り捨ててくる。 それはおざなりではなく気安さの証であり、遠慮しがちな相手がここまで自由に物申すのならむしろ成長だと承太郎は思う。

「だいたい全身真っ白とか汚れ放題じゃあないか」
「てめーこそストール汚すなよ」
「室内では外してます!」
「アイス溶けるぞ」

雑談の間に運ばれてきた本日のパフェは柑橘フェスタ。頂上のミントをいそいそと取り除く花京院のシャツはその葉と同じ名の鮮やかなグリーン。 目の傷を誤魔化す伊達眼鏡が光に反射し、笑う口元だけの表情が見えた。フレームへ伸ばしかけた指を机の上でかろうじて止め、 危なげなくフォークをつまむ。 示す先は赤く埋まった苺の山だ。

「で、おれのタルトはおめーが悩んでたぶんだが」
「もちろんひとくち」
「好きなだけ食え」

その場で口を開けかねない無防備さに皿を差し出した。


▼6部

長年愛用したシルバーフレームの他に茶色も好んで掛けるようになった。
不惑も過ぎたいい年の大人がしかし、相も変わらず果物をほおばるその顔は至福。

「食べたいものが食べられる幸せを噛み締めているよ」
「そいつは良かったな」

帽子へ触れるタイミングでくすぐったげに花京院が笑う。

「ふふ、なんだかんだ君もお気に入りだろう。ぼくに合わせたようで食べたいラインをなぞっているからね」
「……いつ気付いた」
「当ててごらん」

穏やかに微笑む相手はどこか得意げで、弄びかけたフォークでさくり、とタルトを刻む。
旬のチェリーをふんだんに、並べて詰めた一部を差し出す。

「む、買収には応じないぞ」

少し唇を尖らせたところへ更に近づける。

「食わねーのか」
「食べるとも」

あっさり開いた口がフォークを受け入れ、もぐもぐと租借。
途端、蕩けるような笑顔が浮かぶ。

「美味しい」
「良かったな」

この積み重ねこそ、満たされる。


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