宛先はどちらへ


「お、狩屋」
「げ」
「少しは隠せー、心で思うだけにしとけー」

二限目の休み時間、体育の帰りに下駄箱に着けば、あまり出会っても嬉しくないタイプの先輩がいた。
ついそのまま口に出した狩谷を怒るでもなく楽しげに笑うだけだからタチが悪い。
形式上の和解をしてからというもの、霧野は狩屋を完全に気に入っているようだった。
ふと抱えている荷物に目が行く。相手の出現に気を取られていたが、なかなかの大荷物だ。
ピンと過ぎる日付。そうか、今日はチョコレート関係大勝利のアレ。
つまりは外見と中身が釣り合わない目の前の誰かさんへ捧げられた戦利品なのだ。

「…もらえるんですか、先輩」
「なにをー、これでも女子からは渡しやすいと評判なんだぞ」

うっかり真顔で聞いてしまったが意に介さず胸を張ってみせるので無意識の追撃が零れる。

「それって男として見られて……」
「食らえ、本命トリュフ」

眼前に差し出されたのはひとつの箱。
中学生が買うには頑張ったであろう値段の包装、リボンにあしらわれた金の糸が洒落ている。
狩屋は知っていた。トリュフは3個くらいでありえない高さのお菓子だということを。
主張しすぎないように添えられたハートの飾りが決定打。これが本命じゃなくて何が本命か。

「そういうの、見せびらかせんのはどうなんです」
「あのなー、勇気出して渡してくれたもんをここぞとばかりに喜ばないでどーする。男冥利に尽きるだろ」

わかってねーなー、だの呟く相手がとてもうざい、鬱陶しい。大事そうにしまい込む霧野を睨む目がついつい険しくなる。 その視線をどう取ったのか、ひとつ瞬いて付け加えられた台詞。

「ま、気持ちを受け取るだけだってちゃんと言ってるけど」

照れもなければ傲慢さなど欠片もない、ただ真っ正直な響きだった。
そんな当たり前のように、そんな悟ったような態度で。信じられなかったし信じたくなかった。
目の前の生き物はなんだっていうんだろう。
黙ってしまった狩谷屋をまた勘違いしたのか霧野が自分の顎に手を当てて指を滑らせる。

「まあ、まだ午前中だしな。女子の本気は昼休みと放課後と見た」
「はあ?」

思わず申し訳程度の敬語も吹っ飛んだところでにやりと笑いかける美少女顔。

「きゃーマサキくんかわいーとかってもらえるんじゃないか?」
「馬鹿にしてんですか」
「うちのクラスの女子に人気だぞお前ら。一年生わちゃわちゃしててかわいいって」
「その可愛いはなんかちがくね…?」

囃し立てるような声を再現してみせなくていい。混ざってんのか、もしかしてそれに混ざってんのかこいつ。
しかも言葉を鵜呑みにするならそれは愛でるとかいわゆるペット的な可愛いだ。喜べるわけがない。 キレたい気持ちと呆れがない交ぜになって微妙な表情になってしまった狩屋を見て、霧野がおもむろに表情を改める。

「俺は可愛いと思うけどな、お前」

ぽん。軽く乗せられた感触が手のひらで、撫でられているのだと認識するのに何秒かかったか。
揶揄めいた笑みは柔らかく変わり、間違いなく自分へと向けられていた。
頭の中がショートする、感覚。

「あ、神童がせっかくだからってお抱えシェフのチョコケーキもって来たんだぜ。部活楽しみにしてろよ!」

いま思い出した、なんて様子で手を叩く音に意識が戻り、こちらが何か口にする前にとことん好き勝手に言うだけ言った先輩は袋を抱えながら片手をひらひら、足早に去っていく。
しばらく固まっていた狩屋は撫でられた髪の毛の辺りを指でくしゃりと掴む。
この気持ち悪さは、この苦々しさは。考えるのをやめたいのにやめられない。

たった一年の差で子ども扱いも先輩面も何もかもがむかつくのに気にしてしまう。
可愛いって言葉じゃなく、俺に好意を向けられたのだという事実が。
嬉しいなんて、どうかしてる。

「うぜぇ…」

髪の毛を緩く掴んだまま、呻くように俯いた。


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