比翼の君へ



聞きなれた固定着信音、リズムに合わせて光るランプから視線を滑らせ画面の文字へ。
念のため確かめなくとも登録した名前が変わることはなく、通話ボタンを押した。

「やあ、俺だよ」

電波に乗った爽やかな挨拶に知らず笑いが零れる。

「携帯なんだからわかるわ」

くすくす漏れてくる音へ相手もつられて、朗らかな声のまま言葉が続いた。

「いま、玄関にいるんだ」

一瞬の停止、のち慌てて扉まで駆け寄っていく。
繋がったままの携帯からは秋を呼ぶ声が聞こえ、取っ手を押し開いた途端音声が重なった。

「ただいま、秋」

快活に笑う目の前の彼は間違いなく、一之瀬に他ならない。

「随分大雑把なメリーさんね」

思わず吐いた息ひとつ、眉尻を下げて迎えた秋に相好を崩す顔はまるで子供のよう。
荷物も少なく訪れたのをソファへ座らせて、お茶を入れるためにやかんを火にかける。

「そんなにひょいひょい日本に来ちゃダメじゃないの」

めっ!とばかり振る指も一之瀬には嬉しいらしく、にこにことマイペースに口を動かす。

「電話じゃ秋に怒られたから」
「え」

満面の笑顔で告げられた台詞に覚えがまったくない。
首を傾げる秋にますます目を細め、すっくと立ち上がって距離を詰める。

「一番早い飛行機に乗って、その足で買ってきたよ」

鞄とは別の手提げ袋から出てきた小箱は、あまりにわかりやすい形状だ。
開いた中には、もちろん光るものがひとつ。

「この先ずっとずっと、幸せにすると誓います」

見つめる瞳はまっすぐに、穏やかで厳かな宣言が響く。

「俺のお嫁さんになってください」

一呼吸するのと返事は同じだった。

「はい」

口にした途端、こみ上げてくる感情が止まらない。

「一之瀬くんたら、本当にずるいんだから」

思わず唇を掌で押さえる。盛り上がる涙が幕を張った。
優しげな声と共に頭が撫でられる。

「不合格?」

少しだけ、ほんの少しだけ心配そうな彼にふるふると首を振り、両腕を広げて勢いよき抱きつく。
小箱を手離す訳にもいかずされるがままの一之瀬は、秋が落ち着くまで棒立ちになるほかなかった。


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