抱きついてみる


「監督ー!」

呼びかけながら走る距離、はそんなに必要なかったようで、思ったより近かった相手の背中が目前に迫る。

「え、あ、うわ」

人間だって急には止まれない、ちょうど振り向きかけた照美が反応する間もなく後ろから抱き付く形でぶつかってしまった。

「おや」

スピード自体がそんなになかったのが幸いし、双方痛みもほとんどない。
顔から突っ込んだぶん、鼻が赤くなってるか気になるけれどとりあえず離れなければ。

「大丈夫かい?」
「す、すみません…」

自分が抱きついたせいで首だけ振り向く形となった照美が気遣わしげな声をかけてくれる。
不注意が恥ずかしいやら情けないやら、まともに顔を見れないでいるうち、反省の言葉が向こうから。

「前からなら受けとめられたんだが」
「いえいえいえ」

悪いのは明らかにこちらであり、それには及ばない。
思わずパッと離れて首を振ると、解放された相手は己の顎に指を当てる。

「ふむ、事故ではなく合意がいいんだね?」
「はい?」

何をどう納得してくださったのか、一人頷いた敬愛すべき監督は、美しい微笑でもって両手を広げた。

「おいで」


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