抱きついてみた


近づいてくる気配に警戒、いよいよ迫ったところで声が掛かる。

「つーるぎっ」

その場から身体をひねり軸をずらす。後ろから飛びつこうとした相手がすんでのところでたたらを踏んだ。

「避けた!」

あからさまにがっかり、むしろ非難する声を上げる松風に距離を取りながら口を開く。

「お前、俺の回避スキルを舐めるなよ…」
「そんな、後ろに立つ奴は許さないみたいなノリで言われても」

日頃から何かと騒ぐ集団にいれば、無理のないかわし方を学ぶのも必然だった。
激しく拒否するほど嫌というわけでもないが、進んでしようとも思わない。
つまらなそうにする表情に諦めたかと安堵しかけ、次の展開に絶句する。

「じゃあ前から」
「は」
「前からくっつこう、剣城」

名案だ、とで言いたげに笑顔で腕を広げてくる。
頭痛を覚えた。

「何が、じゃあ、なのか」
「後ろからぎゅうってさせてくれないからだよ!」

理屈がおかしい。

「どうして俺が飛び込む側に」
「抱き締めたいから」

いっそ男らしく言い切るのを突っ込む気力すらわいてこない。
盛大に溜め息をつき、一歩踏み出す。
望みどおり、相手の胸へと凭れ込んだ。

「剣城すなおー」
「ならざるを得ない…」

嬉しそうに抱き締めるその肩口へ顎を乗せ、観念した気分で腕を回す。
可愛いと思った時点で、負けていた。


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