抱きついてみた


カタカタと響くキーボードの音。居間の低い机でやったりしないできちんと部屋のデスクでやればいいのに、このほうが落ち着くからなんて言って、大概はそこで夜を過ごす。フローリングがそろそろ冷たい、カーペットを敷く時期かとぼんやり考えながら這い寄ってたどり着くのは、背中。ぽすん、凭れ掛かった途端、音が止んだ。

「狩屋?」
「別に、なんでもないよ…」
「そっか」

振り返りかけるのを声で制す。物分りのいい大人はそのまま作業を再開してくれた。
なんとなく、見られたくない顔な気がする。それだけの話。不規則なタイピングをBGMに時間がゆっくり流れていく。

「俺もなんでもないんだけど、もう少し密着してくれたら嬉しいかなー」

なんて、とか誤魔化し気味の言い方はわざと。
ふいに落ちてきた提案に応えられず、背中へ額を押し付ける。

「ヒロトさん俺に甘い」
「うん、好きだからね」
「っ、」

呟き落とせばしっかり即答。想定外すぎて息を飲んだ。

「もうすぐ終わるから、そうしたら抱き締めさせて」

優しく告げるその声に、おずおずと腕を伸ばし抱きつくしかない。


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