抱きついてみる


資料を確認する背中が見える。椅子に座ったその体勢を目測して挑戦を決めた。
後ろから、後ろから、後ろから。
そろそろと近づいて近づいて、伸ばした腕は相手をとらえる。
感じる体温、聞こえる小さな笑いは息と同じくらい。
思わずというよりは、ようやく、の意味が込められたのを感じ、問う。

「気付いてましたよね」
「やりたいことがあるのかと」

クリップで留めた紙を机に置いて静かに返答。
ながらではなく構ってくれるのは嬉しいが、釈然としないものもある。

「豪炎寺さんて、時の流れに身を任せですか」
「選曲が渋いな」

褒め言葉のような何かを受け取ると、首が巡って視線が合った。

「それはともかく、気に入らなければ受け入れないぞ」

知っているだろう、と言わんばかりの表情に(いつもの無表情とどう違うのかと聞かれたことがある)
押されるよう頷く。

「そう、ですね」

手がやさしく頭へ触れて、髪をなぞるように撫でる。
無骨な態度に反した仕草がなんだかむず痒い。

「ふふ」
「どうした」

零れる笑いに傾げる首。

「お兄さん属性ですね」

面識があり世話にもなった彼の妹を思い浮かべ、温かい気持ちになる。

「いまはそれでいい」
「え」

しかしラグもなく返された言葉の意味するところに思考が吹っ飛ぶ。

「ん?」

先ほどと変わらない疑問顔。どうした、とはこちらが聞きたい。

「えーと」

何を言うべきか分からなくなってしまった自分をしばらく見つめ、豪炎寺が口元を緩める。
穏やかなその微笑は、宣戦布告かもしれない。


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