お手をどうぞ


中学生というのは難しい年頃である。
大人びた発言に隠された甘え、時に子どもらしさを盾にする狡賢さ、指摘すればそれこそ怒髪天だ。
そのあたりの塩梅を上手く取れるかどうかがコミュニケーションの鍵となる。
要するに、雪村は拗ねていた。

「子ども扱いすんな!」

――いや、子どもだしなあ…

口に出すのを止めただけ吹雪は随分と配慮した。
この難しい気性の少年に懐かれて悪い気はしないし、むしろ嬉しい。
よく自分にこれだけ心を開いてくれたものだと思う。
今のこの状態だって、撥ね付けているのではなく構って欲しいからこその態度だろう。
でなければさっさと帰っている。そう、ここは吹雪の自室だった。
遅くまで練習するのが日課になってしばらく、家へ送るより一緒に帰る回数が増えていた。
親御さんは元イナズマジャパンにいたく感激し、あっさりと信頼を勝ち取ってしまい今に至る。
今日も今日とて、もはや低位置と化した吹雪のベッドの片隅でそっぽを向いている可愛い後輩。
そう、可愛い。かなり可愛いのだ。
目に入れても痛くない、だなんて表現を恥ずかしげもなく使うくらいには吹雪は雪村を甘やかしている。
甘やかした結果が発展性のない喧嘩もどきなのだが、それさえも楽しんでいればつける薬もなかった。
大抵、雪村の拗ねは持続しない。構って欲しい気持ちの方が勝って噛み付いてきてしまうからだ。
吹雪はいつもやんわりと受け止めて、そのうちにうやむやになる。

だがこの日は少しだけ様子が違った。
我慢大会のようにお互い無言で20分、結構長い。
そろそろ宥めにかからなければ送っていくのが遅くなりかねない。
ベッド端の時計へさりげなく視線を流し、吹雪は決心して立ち上がった。
びく、と僅かに震える雪村に笑みがこぼれる。
怒られる、嫌われる、おおかたそんな想像をしていることだろう。

――怖がるくらいなら素直でいればいいのに。

無論、そんなことを言ってしまえばますますへそを曲げてしまう。
そして素直じゃないから、彼なのだ。
ゆっくり隣へ腰掛けると、そっと柔らかく抱き寄せる。抵抗はなし。

「よしよし」

他に言葉はなかったのかと自分でも思ったが、とっさに口から出たのでそのまま通した。
さすが、子ども体温は温かい。背中を緩やかに撫でながら、もう片方の手を頭へ伸ばす。
梳くように指を動かしてどのくらいか、雪村が安堵に似た息を吐いて身体を預けてくる。
こうなればもう、落ち着くのも遠くない。

「……また子ども扱いして、」

悔しさの混じった呟きがぽつりと落ちて、胸元の相手が身じろぎする。
どこまでも安心して甘えてくるその愚かしさに、ほんの少し、悪戯心が沸いた。

「させて欲しいな、今くらい」
「今くらい?」
「うん」

軽い音と共に雪村の視界を反転させる。音はシーツと衣服の擦れたもの、仰向けに転がされた雪村は、わ、と小さく声を上げる。
先ほどから浮かべていた笑みを深め、慈愛から揶揄へと半歩だけ。ぽかんと見上げる幼い頬を手のひらで覆い、擦り付けるよう撫でながらぐっと身を乗り出す。
圧し掛かる体勢で顔を寄せ、吐息交じりに囁いた。

「子ども扱いやめると、こんなことしちゃうかもね?」

反射的に染まる色は、赤。見事に茹でダコとなった雪村は煙が出そうなくらい熱くなった顔を吹雪の手ごと勢いよく抑えた。 叩かれる形になって少しだけ痛い。
ともかく、これだけすれば懲りるか怖気づくかするだろうと、はいおしまい、の終了宣言をしようとしたところ、ごく小さな声が耳に届く。

「…なら、」
「え?」
「センパイなら、いいです……」

聞き流せばかわせたのに思わず口にした疑問符が今度はハッキリと問題発言を引き出してくれることとなった。

――おおっと、そうきちゃったかー。

笑顔のまま固まる吹雪。
理性と正気を総動員して表情を崩さずに鼻をつまんでみせる。
「ふが、」
間抜けな声を出した雪村に安堵するよう気持ちを落ち着けて、不服げに見つめてくる相手の頬を優しく撫ぜた。

「そういう誘い方は、せめて卒業してからにしようね」
「じゃあ、卒業したらしてくれますか」
――しまった。地雷だ。

紅く染まった表情は今度こそ目に毒だった。おずおずと紡がれたその内容は今度こそ洒落にならない片道切符。
重ねられた手がきゅ、と掴んでくる、その体温。首筋に汗をかく、感触。

再度、笑顔のまま固まってしまった吹雪が復活するまで若干の時間を要した。
それが無言の肯定として雪村に受け取られているとは知らずに。


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