誰がために隣を謳う すっきりと目覚めた朝の空気が心地良かったので、いつもより早く朝錬に着いてしまった。時間があるに越したことはないだろうとロッカーへ荷物を置いてすぐ、霧野が扉をくぐって現れる。 「神童、早いな」 「霧野こそ」 「なんか目ぇ覚めてさ、折角だから一番乗りしてみようかと」 「そうか、それは悪かった」 途端、漏れる笑う息。 「なんで謝るんだよ」 些細なことで破顔した相手に首を傾げ、荷物を適当に押し込むのを目の端に今日のメニューをあれこれ考える。思考に没頭しかけたその時、自分を呼ぶ声が届いた。 「神童、あのさ」 視線を巡らせれば、幾分まじめな顔つきの友人。これはしっかり聞くべきだと判断し、手近な椅子に座るよう誘導。 膝に両肘をつき、組んだ両手に顎を乗せたいわゆる考え込むような思い悩むような体勢になった霧野は、その重い口をゆっくりと開いた。 「狩屋が――」 頭に浮かぶ後輩の一人。色々あったものの、今では雷門サッカー部へ溶け込み、天馬たちと随分仲良くはしゃいでいるようで安心している。一番心配していた霧野との関係も良好で、狩屋も攻撃的な態度は見られない。しかし自分のあずかり知らぬ何かがあったのだろうか、言葉を切った友人を急かさないよう見つめる。 「狩屋が可愛くてしかたないんだ」 真剣も真剣、低めの音程で紡がれた告解は若干の混乱を招いた。 「そうか、霧野は心が広いな」 「それほどでも」 自分でもどうかと思う返答にも気分を害さず、やや間をおいて更に申告が続いた。 俺はお前に過保護だからな」 思わず瞬く。左へ首を傾げ、元へ戻し、顎に手を添える。 「過保護だったのか、それは知らなかった」 「……本人に言われると自信がなくなるな」 取っ掛かりをあやふやにしてしまった為、霧野が唸るように眉を寄せた。やがて気を取り直し、本題を提示する。 「他の奴を優先するけど好きだって告白は有りなんだろうか」 真剣には真剣で応えるべきだろう。悩んだ時間はほんの僅か、友人の背中を押すために言葉を選ぶ。 「相手の価値観によるな。それと、」 「それと?」 反復するのに合わせて視線が上がった。しっかり受け止め、まっすぐ見つめる。 「そんなもの問題じゃないくらい霧野が好きなら解決する」 本心だった。自分は狩屋ではないから彼の気持ちは推測すら困難であるし、安易に大丈夫だなんて言う資格はなかった。だがそれでも、霧野の気持ちは本物で、対する相手を振り向かせるのはいつだって純粋な想いだと感じる。自分たちが、サッカーと向き合うことを選び取ってきたように。 呆けたように止まっていた霧野が、息と共に吐き出す。 「……神童かっこいいな」 「それほどでも」 ふっ、と零れる笑いは同時に。柔らかな雰囲気が広がって、二人そろって口元を綻ばせる。 「さっきの真似か?」 「霧野もかっこいいぞ」 「なんだこの褒め合い」 いよいよおかしくて仕方ない様子で肩を震わせる友人。笑いが笑いを呼んでいつまでも続きそうな錯覚を止めたのは、聞き覚えのある後輩の声だった。 「どうしたの、狩屋。入んないの?」 「え、ちょ、」 遠慮のないよく通る疑問系、そして焦ったような制止未満のうろたえは元気のいい挨拶で晒された。 「あ、キャプテン、霧野先輩、おはようございます!」 自分たちを認めて輝く笑顔、随分と懐かれたものだと思いながら微笑みを返す。天馬がその場を移動すれば、わなわなと震えるもう一人の後輩。彼の目は自分を捉えておらず、霧野と合わさった視線を勢いよく逸らし、言い放った。 「き、着替えたんならさっさと移動してろよ!」 そのまま踵を返し高速ダッシュ。ぽかん、と見送る天馬と自分。走り去る背を見つめる、霧野。 「あーあ」 「どうするんだ?」 十中八九、会話は聞かれていたことだろう。ある意味絶体絶命なのは己であるのに、友人の顔は曇らない。 「これから朝練だし、ウォーミングアップは必要だろ」 さらり、言ってのけた男らしさに感服する。 「そうか、頑張れよ」 「ん、サンキュ」 笑って片目を瞑ってみせ、早朝追いかけっこへと赴いていく。その勇姿を見送りながら、頑張れよ、と唇だけで呟いた。 |