請う


ごくたまにだけど、これは夢だってのがわかるときがある。
確証というよりは直感のみで、分かったからって全部都合よく操作できたりはしない。
ただ分かってて見る夢はなかなかに斬新で、何が起こっても自分のことなのに他人事みたいな感じがした。
まさに今がそれ。

「赤い紐……ったら、あれだよなあ」

小指に結ばれた糸をかざすように見つめてぽつり。
独り言は白い空間にやけに響く。
何もない夢は初めてじゃないけれど、中途半端に何かあっても困った。
試しに解けないか結び目を弄ったものの、物凄く固い。指が痛くないのが不思議なくらいきっちり結ばれている。
白い地面に落ちた赤が細い細い道を作って、まるで雪原に立っているような錯覚を覚えた。
見る限り随分と長いけど、手繰ったらつながる先に誰がいるのか。

「……誰がもなにも自分の夢の時点で、」

願望しかない。

めんどうだな、と思ってポケットを探ればハサミが出現。さすが夢。よくわからないところで親切だ。
普通の大きさのハサミってそうそう入りきらないはずなのにまさかの四次元仕様。
躊躇いなく糸に刃をかけようとしたら、突然手首を掴まれる。

「ひどいな、雪村。僕と離れたいの?」

あくまで穏やかなその声に責める雰囲気はまったくない。ないからこそ胡散臭い気もする。
まずは手、それから腕へと視線を流し、前触れもなく現れた吹雪センパイと目を合わせた。
いつもの笑顔、に反した力の込め具合。痛いよりも強制力のある力の入れ方だった。

「来るかと思って」
「誰が?」

呟いた言葉に被さる問いかけ。

「センパイが、来るかと」

見上げたまま淡々と口にし、自由な腕を持ち上げ力の入る手の甲をゆっくり撫でて、糸に触れ、握る。
センパイの唇が薄く笑い、更に片手を乗せると優しくなぞってひとつずつ引き剥がしにかかった。

「そうだね、来たね。だからハサミは没収」

言うが早いか重なった手はあっさり解かれてハサミはセンパイの上着のポケットに消える。
満足げに穏やかな笑みを深め、今度こそ普通に手を握ってきた。

目覚ましの音が、耳へ。

落下する感覚と共に目を開ける。がくん、となんだか気分の悪い感触。
大きく息を吐き出した。なんだか疲れる夢だった。

設定音が鳴り続ける携帯を開いて一押し、待ち受け画面にメールの表示が。
開いてみればおあつらえ向きに吹雪センパイで、朝の挨拶が空々しく思えてしまう。
今日の練習の予定、昼からの約束の最終確認。頼んだのは自分だからもちろん文句はないけれど。
眠気の残る頭で閉じるボタンを押しかけて、スクロールバーの不自然さに気付く。
文章は終わっているはずなのに、余白があるみたいだ。
改行、改行、改行。カチカチ動かすこと一画面ちょっと。現れた追伸。

「危ないものは持ち歩いちゃダメだよ」

思考が止まって指も止まる。一度目を閉じて首を動かし、視線を巡らす。
サイドテーブルの時計がなんとなく目に入り、その脇の何かに意識が向いた。
壊れたハサミが、ひとつ。
ぞっとするより、呆れが先にきた。

「そんなに必死に止めるなら、他になんかあるだろ」

縁を切るのは刃物だけとは限らない。


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