、声を出さないで


話している間、むしろ会った時から明瞭とはいいがたかった相手の意識は夕方を越したところで限界を迎えた。

「ねたくない」
「寝てください。ろれつ回ってねーよ」

謎の反抗を繰り返す相手は残念なことに成人している。
いっそ大人になったからこそ妙な開き直りをかまされている気がしてならない最近だ。
実家をでてアパート住まいになってからは特に顕著で、誰も見咎める心配がないと確信した途端、うっとうしさが格段にレベルアップ。倉間が根底では甘いのを逆手に取って、いやそれ以前に甘えることを楽しんでいる節もある。
しなだれかかる馬鹿をなんとか寝室まで誘導し、ベッドへ転がしたところで捕まれる腕。意外と強い。横になったまま見つめてくる瞳。

「くらま、倉間、起きたらいるよな」

――――泊まれと。

脳内ツッコミを声に出さなかったのは視線が寂しげなせいだ。

「倉間」
「はいはい、いますよ、います」

大した思考時間もなく頷く羽目に。口が動いたのだからどうしようもない。
すぐさま、安心した笑みが浮かび、捕まえる腕がぱたんと落ちる。

「ん、じゃあすき。おやすみ」
「じゃあ、ってなんだ、じゃあって」

寝入る直前の声音は糖分を伴って、無駄と分かりつつ今度は呟いた。

「明日も言う」

もう瞑られた瞼はそのままに、答えに次いで寝息が聞こえた。

「……ああそーですか」

舌打ちしながら自分の髪をかきまわす。
これをかわいいと思ったこともいま頬が熱いこともすべてが腹立たしい。


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