三つだけ約束して


くだらない諍いをおさめるのは大体が南沢の妥協とか諦めで、そうなると議題よりもその事実が苛立った。

「人の話は最後まで聞く」

意識をそらしたことにあっさり気付かれ額へ人差し指。つつかれたところで痛くもない。いつだって彼は倉間に甘いのだ。
無意識に不機嫌さが増して眉が寄る。すると先ほどの指が眉間を撫でた。

「で、ちゃんと信じる」

なにが、と言いかけ話が続いていたことに思い至る。ただの説教かと流すところだった。そもそも、倉間が南沢の言葉を聞かない訳がなかった。素直に応じるかはともかくとして。
心の中でだけ反論を並べ、見つめ返す。
つ、と指が離れ、覗き込んだまま瞳が細まる。それは困った時の笑いだった。

「なるべく、嫌いにならないでほしい」

瞠目。驚きというよりは不可解で倉間の表情が止まる。

「なるべくって」

言葉へ感情が乗る前に早口の釈明が被せられる。

「冷めたも無関心も十分きついんだけどさ、嫌いってのはさすがに。いや、どうでもいいも辛いけど」
「回りくどい」

これ以上みっともなくなる前に切り捨てた。ぴたり、ビデオの一時停止のように動きを止めた南沢を至近距離で睨みつける。

「それ、ずっと惚れてろってことだろ」

要点を拾えば息を飲む気配。馬鹿馬鹿しくて嫌になるくらいだ。

「勝手に終わりを想定してんじゃねーよ、腹立つ」

今度は相手が目を見開く。鼻を鳴らして肩を掴む。

「傍にいろ、離れんな、ずっと」

一拍置いて、呆然と唇を動かした。

「ずっと」
「アンタが言わないから」
「すき」
「会話噛み合ってねぇ!」
「めちゃくちゃすき」
「おい!」
「倉間、」

ぼんやりした返答は全く繋がらない。表情の消えた南沢が淡々と音を紡ぎ、いい加減癇にさわるあたりで声を張り上げる口を塞がれた。ゆっくりと食んで、静かに解放。噛みつけもしなかった倉間を抱き込んで、耳元で謝罪のように言う。

「離さない、離さないから」
「あー!この!」

ついに吠えた。むしゃくしゃする気持ちを溜めに溜めて、煩いくらいのボリュームで叩き付ける。

「好きだよ!好きですよ!これで満足か!」

勢いに任せてヤケクソ気味に、しかし目の前のへたれはいたくお気に召したようで。

「ん、しあわせ」

ふにゃりと緩んだ笑顔を見せてきたお礼に頬をべちんとしてやった。


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