何も喋るな


単純作業というのは思考に沈みやすい、というかぼーっとしやすい。
半分に折った紙の端をそろえてホチキスで留める。簡単な栞づくりなんかでよくやるそれは、量がかさめばかさむほど雑になってくる。実際、最初のひとつといまさっき終えたやつでは仕上がり具合に差が見えた。折り目が少し適当なだけで如実に表れる結果が丁寧にやることの大切さを教えてくれる、気もする。

「お前、別に付き合わなくていいのに」

教師ウケがいいのも考え物で、頼まれた雑務を持ち歩いていればちょうど通りかかった倉間が声をかけてきた。
誰もいない準備室。向かい側でもくもくと進める作業の合間にいくらか意識の飛んでいるのを見て今更ながら呟く。

「まあ俺、南沢さん好きですしね」
「は」

折り目が思い切り歪んだ。手の止まらない倉間は心ここにあらず。
聞き間違いかと動揺を含んで声が上がる。

「え?」
「はあ?だからアンタが好きだって言って…」

今度は届いたのか、めんどくさげな様子で繰り返し、ついでに視線も寄越してぴたりと停止した。
ばちん、手のひらで口元を押さえる仕草。痛くないかそれ。

「はじめてきいた」

呆然と言う。みるみるうちに焦りの広がる倉間の表情、椅子が床を擦る音が響く。
机へ手を突いて乗り出した。少し散らかった紙がくしゃりと鳴る。

「なあそれ、初耳」

覗き込んだ瞳が泣きそうに揺らぐ。

「うるさいうるさいうるさい!どうせ知ってたとか言うんだろ!
 わかってたとかいって笑うんだろ!なんだよいつもいつもすかしやがってすましやがって
 だからやなんだよ言いたくねーんだよむかつくむかつくむかつくむかつ、」
「倉間」

呼ぶことさえもどかしく唇を塞いだ。途端に大人しくなる身体は動かない。抵抗も拒否も逃げもなく、見開いた色は戸惑いと、期待。ゆっくり離すと息が零れ、やはり固まったまま視線を泳がせる。向けと言う代わりに頬を指で撫ぜた。

「それ全部、もう好きにしか聞こえないから」

素直に合わさったその瞳が、仇でも見るように睨みつけてくる。

「あんま可愛いと、抑えるのやめる」


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