濡れそぼつ


「通り雨」
「つーかゲリラ豪雨」

帰り道での突然の雨、駆け込んだ店の軒先でぼんやり呟く。
走ってる時はとにかく夢中で、なんとか雨避けに辿り着くと気が抜けてしまった。
歩いていた時の会話なんてのも今更で、とりあえず口にした言葉に注釈がかかる。

「明らかに見えてるとこしか黒雲ないな」
「じゃあすぐ終わりますかね」

思い出したように相手を見た、癖のある髪がしっとりと張り付いている。もともと隠れがちな顔がさらに見えづらく、濡れた髪は本人も鬱陶しそうだ。なら切れば、と口にしたところで「アンタが言うか」と返されるのでやめておく。
前髪から伝う雫が涙に見えて、思わず動揺しかけた。どうも、この後輩には至極弱い。
毛先を落ちて首筋へと流れ込む水、襟に隠れた皮膚を撫でるそれを考えて自然と指が伸びた。頬に触れる直前、視線が気付いて手が止まる。

「なんですか」
「な、んだろう」
「聞かれても」

張り付いた髪をのけるように人差し指で掬う。見上げる視線になったのを受けて、顔を寄せた。

「気持ち悪くねえ?」
「アンタが?」
「そういうのなしな」

間髪入れず返す方向性を嗜めた。ふ、と笑うように息を吐く。

「もう感覚マヒしてきましたよ」
「俺も」

鼻先がこすれ、濡れた皮膚を感じながらどちらともなく目を閉じた。


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