もう帰っちゃうんですか。


泥酔。言葉では知ってる、辞書でも読んだことがある。国語辞典やらは読み込むと意外と面白い。
しかし現実逃避してる場合じゃなかった。
なにをどう悪酔いしたのか、単に量の問題か。酔いつぶれる南沢さんというものを見守る栄誉を頂いている。是非ともどこかにのしつけたい、ような気もするが迷惑なのでやめておこう。よりによって自分に凭れかかって夢見心地な相手をどうすればいいのか。
とりあえず無駄と分かりつつ声をかけてみる。

「南沢さん、起きれま…せんよね」
「んー」

あ、だめだこれだめだ。水でも持ってくるかとそっと相手をどかそうとして強い力で腕をつかまれた。

「……だめ」

声は酔ってる。起きたのかと思った。
覗き込むように伸び上がり、酒臭い息で真面目な顔。

「帰るな」
「いや、ここ俺んちです」

そう、俺のアパートだ。宅飲みもそう珍しいことじゃなく、今日はこの部屋になっただけ。
完全に思考が終わっているこの人をどう処理しようか真剣に悩もうとした矢先、真顔が不機嫌に変化した。

「いっつもお前泊まってかない」

眉が寄っての一言に思考が追いつかない。

「なに、いって…」
「俺がいやか」
「いやならこうしてませんよ」
「じゃあ帰んな」

酔っ払いにかまうだけ無駄だと思うのに、畳み掛ける言葉に動揺する。
泊まったことがないのは本当だ、大学に上がって自由な時間も出来て、何も気兼ねせずお互い通えるようになった反面、意識してしまうものもあった。自然ときっちり時間を区切り、差し支えないように帰宅。暗黙のルールのようだった。その先をねだることは、望むことはまだ無理だと。

「帰るなよ、倉間」

情けなく顔を歪ませて、近づいてくる顔に息を飲む。
途端、がくんと力が抜け、お約束といわんばかり肩へ倒れこんできた。
重い、すごく重い、色々なものが重い。
大人しく寝息を立て始めてしまった相手をひと睨み。

「明日帰んのアンタじゃん…」

吐き捨てて、ぎゅっと腕を回す。


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