偶にはさらわれてよ


惚れたほうが負け、とはよくいったもので、のめり込むなんて言葉じゃ表しきれない現実に自嘲する。紆余曲折あったはずの関係は思いのほかあっさりとおさまり、隣を獲得して数年だ。進学はお互いにいつも別、右へ倣えをして欲しいわけじゃないからそれは構わない。むしろ個人の道へ進みつつ、自分を選んでくれたならそれは願ってもないことだろう。それでも少し、ほんの少し、我侭めいた感情がわきおこることだってある。
例えば、同年代の友人という立ち位置。中学から続く仲の良さは高校どころか大学まで一直線で、示し合わせたのでもなくいつも同じ場所に居た。学科は違えど同じキャンパス、今も昔も変わらぬ関係。そう、要するに羨ましい。口にすれば敗北感と何より「そこは違う」という指摘がもれなくついてくるに違いない。だから一度も言わないし、言えるはずもなかった。囲いたいかと聞かれたなら首を振る。それを喜ぶ倉間ではないからだ。

予定の空いた日曜日、何をするでもなく部屋で寛ぐ合間にソファへ転がる相手を見る。タイミング良く携帯が鳴り、確認するため起き上がった倉間と目が合った。

「俺しか見えない時があってもいいのに」

言ってから内容が頭を回る。浮かぶ不可解な表情で我に返った。完全なる過失、落ちた音は今更消せない。

「正気ですか」

淡々とした答えは呆れだろうか。不機嫌そうに髪をかき回すと苛立ち紛れに言う。

「アンタさあ、何で俺があんま好きじゃないみたいな前提作るんだよ」
「いや、そこまでは」
「そこまでだっつの」

床へ降りた倉間が膝立ちで肩を掴む。若干の高低差で見下ろされた。

「いっそ一緒に暮らしますか」

軽く放たれた爆撃に思考が飛んだ。
理解が追いつくまで数秒かかり、そのうちに視線はジト目になる。

「…なんか言ってくださいよ」
「おまえ、いっつも卑怯」
「はあ?!」

ようやく俯き加減に視線を落とす。抗議の声もどこか遠い。
口元になんとか手を当てた。

「――もしかして、照れました?」

覗き込もうとする視界を掌で塞ぎ、文句が出る前に唇を重ねた。


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