昨夜に挟まれた栞


玄関の開く音。眠りが浅かったのかぼんやり頭を上げ確認すると、日付が変わるまで三十分を切っていた。
いま帰ったのかなんて思っているうちに寝室のドアが開く。足早な気配に疲れてるんだろうベッド直行かと働かない頭で考えたところ、いきなり布団がめくられた。

「!?」

思わず覚醒して振り返ると服のままもぐりこんで落ち着いてしまう。ちょっと待て。

「ここ俺のベッドですけど」
「しってる、ねむい」

ああ眠いだろうよ、俺も眠かった。さっきまでは。

「自分とこ倒れればおやすみ三秒でしょーが、ちょっと」

何をわざわざ入り込んできてるのか、意味分からない。眠ろうとする肩へ軽く触れる。途端、伸びてきた腕に抱きこまれた。体温に一瞬躊躇し、対応が遅れてしまう。

「くらまー、」
「なんですか」

眠さの含まれた声が呼んだ。続きのありそうな語尾を引きずって、擦りつくや否や一言。

「むり、あしたいう」

口にするが早いかあっさり寝息を立て始める。もう不機嫌になればいいのかも分からない。
今すぐ締め上げたい気分に駆られながら、何とか抑え付けて目を閉じた。


むかついた割にすぐに寝付けた。自然と目覚めてから体温で昨夜を思い起こし、舌打ちする。
身体から外れかけた腕に擦り寄りつつ、鼻を容赦なくつまむ。くぐもった声から二秒ほど、目を見開いたのに合わせて指を離した。

「おまえ、起こすにしても他に…」
「きのう」

寝起きと酸素を求める呼吸のコラボレーション。快いとは言いがたい目覚めを演出したことに溜飲を下げ、たと見せかけて宿題を突きつける。思い切りハテナを浮かべやがったのに奥歯を噛み、どうせ寝惚けかと悔やみながらも口を動かす。

「なんか、言いかけて…」
「あー……」

意識がハッキリしてきた様子で、間延びした相槌のようなもの。
同時に、やっちまった、みたいな顔。なんだよ。

「なにが無理なんすか」
「いやあれは眠気の限界で」
「しってます」
「……」

じゃあ何で聞いた、みたいな空気やめろ。それでいて自分が悪い気がするから突っ込めないって顔もやめろ。
無性にイライラして寝癖がついてんだろう頭を掻き回し、昨日からのもやもやを吐き出した。

「中身がどうとかは、ぶっちゃけ割とどうでもいいっていうか」
「まじで」

本気で驚いたらしい相手にこの先を告げることを悩む。しかし止めるのも癪だった。
髪をぐしゃりと掴みながら視線を逸らす。

「持ち越されんのが、すげー、やだ」

情けなく落ちたトーンがしにたいくらいだ。
そしておとずれる沈黙。気まずい、言ったことがすーげー気まずい。
優しく頭を撫でる感触、くらま、と呼ばれて向かないわけにもいかない。

「や、その、本気でたいしたことなくてだな」

視線を戻すとそこには違う意味で気まずげな、むしろなんと言い訳しようかというような雰囲気の相手。
よくわからなくて何度か瞬いた。しばし見詰め合ったのち、観念した面持ちで口を開く。

「すき、かわいい、ずっと一緒にいて」

って、言おうとしてて。そう続いた注釈が耳を流れていく。
口元に手を当てるな赤くなるな!なんなんだアンタは本当になんなんだ。

「寝惚けて言ってろよ!」

手のひらを思い切り顔にぶつけてやった。


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