ん、好き


――――とりあえず殴ろう。

思考は一秒で終わった。
空白のちの決定は真剣に悩んだところで変わるまい。
とにかく、この目の前の生き物を速やかに退治しないことには自分の平穏な状態は保てるわけがなかった。
平常であれば、あーむかつく無視しよう的な流れで作業台の上をスルーする感じで話は終わる。
その方がありがたいし何より楽だ。いくらでも逸らせるし、傘で守られた濡れない位置のように心は波立たない。
だがひとたび破られてしまえば、代わりの防護壁を探すのはなかなか大変で。繕うにも時間を要する。
つまりいま現在、倉間に出来る行動は見返りも求めず満足そうに自分へ微笑みかける南沢篤志を殴り飛ばすことだけだった。

親指を入れて握る、下から突き上げる勢いで繰り出した拳はテンパったせいなのか読まれていたのか弱くもない力で受け止められる。

「動揺すんの可愛いけどさ、今はこういうのなしな」

たぶん受けた手はそれなりに痛かっただろうに穏やかな口調で言うのが許せない。
思い切り舌打ちをくれてやると、空いた腕を持ち上げてわざとらしく。

「どうせなら、口を塞いでくれると嬉しい」

人差し指で唇を示してみせたので、蹴りを入れて返事とする。
今度は避け切れなかった相手に溜飲を下げ、肩を掴んで鼻に噛み付く。

「そんなにしたくねぇの?」

積み重ねた余裕からの些か拗ねた様子はさすがに卑怯。
どうにもこうにも癪なため、薄く隙間を開けて顔を寄せた。

「そっちから」


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