お前の嘘はあんまりおいしくない


「わかれましょうか」
「なにいってんだ」

落ちたトーンは冗談にしてはあまりに冷たい。
珍しく自分から訪れて上がり込み、夜風で冷えた身体を抱き締めるのを拒絶してのセリフがそれだ。

「俺がアンタから離れても平気なうちに」

俯いて言う癖に何を馬鹿なことを。

「振られる前に振るとかそういうネガなことすんの?」
「しますよ、臆病なんで」

先程から聞こえる声へ感情はちっとも乗っていなかった。

「そんで泣く?」
「はは」

乾いた笑いに怒りが沸点を超える。
咄嗟の勢いで掴んだのは冷たい手。反射的に振り解こうとするのを逃がさない。

「俺は無理」

短く言い切れば肩が揺れた。びくりと、怯えるように。
取った手を両の掌で包む、未だ顔を上げもしない倉間が小さく震えている。
溜めて澱ませて処理も出来なくなってから自滅するなんて馬鹿げた話だ。

「離すと思ってるのが本気で腹立つ」

息を飲む音。

「お前どれだけ俺の気持ち舐めてんだよ」

手の甲に一滴、雫が落ちた。
流れて伝う感触を追いながら畳み掛ける。

「本音言え」
「やだ」
「倉間」
「こわい」
「くらま」

上擦る声は涙に濡れて、ぽたぽたと増えていく水滴が包む手を濡らしていく。

「いらなくなんの、すげぇこわい…っ」
「なるかバカ」

後頭部へ額を当てる。両手が塞がって抱き締めることもできないが、いまこの手を離すなんて不可能だ。

「勝手に追い込まれるな思い詰めるな終わらせようなんて考えるな」

感情で回る口はやけに早い、言葉の切れ目なんて考える余裕も皆無。
握る力へも気持ちをこめて吐き出したのは必死の言葉。

「大事だって言ってるだろ……」
「っ、俺、も」

しゃくり上げて揺れる肩、続きを待つと泣きながら言う。

「俺も南沢さんが、大事」

やっと覗かせた顔の涙を舌でぬぐって、労わるように瞼へキス。
濡れた瞳に笑いかけ、唇が触れる間際で制止の願い。

「もっと近づいて、したいです」
「ふ、わがまま」

ようやく抱き締める権利を獲得し、両腕を回せば安堵の吐息。
包み込んでいた手で背中を撫でて倉間が擦り寄る。

「アンタもわがまま言って」


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