溜め息の代償


あからさま、それはもうあからさまな溜め息だった。
マジなんなんだこいつほんとやってらんねー、とでも聞こえてきそうな深い深い吐き出しと呆れ。
若干軽蔑も入ってるんじゃないかというそれはある意味見慣れたものでもある。そう考えると頭痛を覚えた。
ひとかけらの敬意もない態度を取ってくれる後輩は机に肘を突いて明後日の視線。怒ってます機嫌が悪いですと分かりやすく示してくれる。別にそんな顔ばかりさせたい訳でも不快指数を上げたい訳でもない。ただ、どうにも噛み合わせだか歯車だか、そういうものがずれやすかった。
今日はフォローも大して浮かばず、段々疲れが増してくる。はぁー、と息を吐き出した。

「え」
「え?」

聞こえた声に目線を向ける。先程までムカつく態度でそっぽを向いていた倉間の表情が固まっていた。反射的な返事は低すぎずしかし柔らかくもない。みるみるうちにテンパっていく相手。なんだそのスイッチは、切り替えがおかしい。自分はあれだけ大仰にやっといて、俺が少し溜め息ついただけでそこまで慌てるとか意味がわからない。解せぬ気持ちがそのまま不機嫌に繋がり、睨むように目を細める。

「あ、あの、」
「なにおまえ」
「あ…」
「なんなのおまえ」

完全に怯えた様子なのが腹立たしすぎる。後悔するなら跳ね付けるな反抗するな少しくらい素直になれ。告げてみたところで泣きそうになるのも見てきた。追い詰められてようやく中身が覗く、それを引きずり出して二度と戻れないようにしてやりたい。

「俺に呆れられんのそんなに怖い?」

机へ片手をついて指を伸ばす。肩を竦める動きと閉じられる瞼、少しぞくりとしたのは錯覚ではないけれど、望みはそこにないから出来るだけゆっくり頬を撫でた。震える肌を指先で擽る、漏れる息に口元が緩む。

「ほら、目、開けろ」
「や、だ」
「却下。目ぇ見ながらキスするから」
「っ?!」

揺れる声を遮れば、驚愕と共に瞼が開く。素直で何より。

「よし、えらい。瞑るなよ」

軽く、一回だけ当てて唇を食む。少し潤みかけた瞳を覗くと、混乱と怯えと微かに滲む悦。いやだと払う手を掴み上げ、暴れる身体を宥めすかして、そんな繰り返しはこのためだろうか。いやまさか。面倒でかわいくなくて、そこが愛しくてたまらない相手を可愛がるのに理由なんかどうでもいい。

「言っとくけど、お前を手放す気とかさらさらない」

何か余計な音が零れる前に、見つめたまま舌を絡ませていく。
縋る腕が伸ばされて、視線が溶けるまで、すぐだ。


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