加害妄想


寝起きの一言は余韻もなにもあったものじゃなかった。

「あーいてえ」
「昨日あんなに愛し合ったから」
「そういうネタいらねー」

とことん不機嫌に絞り出された声は枯れ伴ってその感情を表すのに一役買っている。
上半身を起こした隣で笑いながら揶揄する相手へ完全拒否。
ネタを振っておきながら不満そうな顔をするのは何なのか。

「事実だろーが。さすがに傷つくわ」
「黙れ色情魔。部屋入った瞬間とかねーよ、マジねーよ」
「ノリノリだったろ、お前も。ちょっと触ったらすがってきて…」

売り言葉に買い言葉、エスカレートした罵倒にはそれなりの報復がやってきて最後まで言わせるものかと枕を投げる。 擬音で表現するしかない間抜けな音で顔へヒット。 急速に血が上った頭でシーツを掴み睨みつける。

「アンタが、そういう風にっ……」
「したんだよなぁ、お前が拒まないから」

枕が落ちた後の無表情から響きの違う声が流れてくる。
瞳の動きが自分を捉えた。
ひくっ、と喉が鳴ったのが先か押さえつけられたのが先だろうか。
急に身を乗り出した力は強い、そして背中に当たるシーツの皺。

「お前、嫌って言った?本気で。一度でも」

見下ろす視線は冷たい、むしろ熱すぎて、温度を感じない。
掴まれた手首が少し痛む。頭の横に突かれた手が髪を撫でるように梳いて、また落ちる。

「言わないよな、聞いたことない」

繰り返すのは確認ではなくまるで自問自答。こちらを見ながら己に言うようだ。
相手の顔が歪む。

「逃げろよ、嫌なら。俺が本当に嫌なら」

言い切る前に頬を叩いた。利き腕じゃない自由な手で乾いた軽い音が鳴る。

「そやってネガんのやめてくれません?アンタの拗ね方ちょううぜー」

出すのも辛い音程を何とか保ち、文章として成り立つよう相手に投げる。
ぴたり、薄く開けた口もそのままに固まったのを確認して深い溜息。
相手の腕が震えた、気がしないでもない。

「どこにもいかねーよ」

再度ぺちぺちと手のひらで頬を叩くとようやく目に光が戻り、崩れる形で自分の上へ倒れこむ。
重いしだるいし何も解決はしていないが、今度はどかすために宥め始める必要がある。
とりあえずは、しばらく顔も見せてくれないだろう男の頭を撫でようと今度は利き手を持ち上げた。


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