反則



「抱き締めても動揺しなくなったよなあ」

大人しく腕におさまる倉間抱き締めながら感慨を込めて呟いた。思えば長い道のりだった気がする。
びくっとするだけならまだしも、暴れるわ突き飛ばすわ頭突きされるわ、 よくもまあ諦めなかったというか耐えたというか。 照れ隠しだと最初から分かっていたからこそ回数を重ねればからかう余裕も出てくる。

「楽しんでると分かったらどうでもよくなって」
「そこはもっと愛情のある返事が欲しかった」

囁くたび擽るたび顔を染めた面影はどこへやら、淡白な返答に可愛げはない。

「過去形ならいらないですね」
「この体勢でヘコませんなよ」
「好きにさせてんだから我が儘言うな」

仮にも抱き合っている状況でこの会話はなんなんだ。逃げないだけが救いのような錯覚と共に抱く力を強める。
肩口へ顔を埋めようとすると倉間がこちらを向いた。僅か伸び上がり、触れてくる温かさ。 すぐに離れた唇、絡む視線。思わず恨みがましい目を向ける。

「…ちょろいと思ってんだろ」
「割と」
「この、」

文句を言いかけて、即答の後すり寄ってくる動きに口を噤む。 つれない台詞ばかり吐くくせに、あっさり身体を任せるのはやめてほしい。 片手がぺたりと頬へ当たり、掌を添えながら満足げに笑う。

「おれアンタのこういう釈然としない顔、すき」

少し悪戯めいたその表情からキスへ移り、脳内に浮かぶのはそれこそ悔しさのオンパレード。
あーもう、あーもう!こいつ!渦巻く何がしかをぶつけるために舌をねじ込んだ。


「もー、おまえかわいいからやだ」
「そーですか大変ですね」
「照れろよ大いに動揺しろよ」
「この流れじゃ無理かと」

キスから生まれる蕩けた瞳も敗北気分を更に深めるだけのものとなり、見ていられなくてやはり肩へ顔をうずめる。
棒読みな返しが憎々しい。

「おまえほんとさー、ほんとさー、」
「はいはい」

遮るそれは面倒くささではなく、肯定を含んだ柔らかい響き。
背中を優しく叩かれると、甘やかすよりあやされている感覚に陥る。

「すきですよ」

囁く言葉はどうあがいても嬉しいから卑怯すぎると俺は思う。


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