推し量れない


目の前に相手が居て、抱き締められる両腕があって実行に移さないのも馬鹿馬鹿しいと思う――なんて適当な理由をつけようがつけまいが結局は身体が動いているのだから仕方がなかった。
そう距離のない、本を読む背中へ凭れるように身を寄せれば密着する頃聞こえる不満。

「邪魔です」
「しってる」

舌打ちの乾いた音がよく響く。決まって位置を確保してからお叱りが飛ぶので、一種のセット料金だと理解した。
本当に嫌なら払いのけるくらい簡単な話。触れる端から拒否を頂けば南沢だって諦める。
結局は許されていて、その甘ったるい事実が倉間の苛立ちに繋がるのだろうとも推測できた。そしてそんな態度こそが可愛いのだから得るものしかなかった。
相手の体温を噛み締めながらほんやり反芻することしばらく、本がぱたりと閉じられる音。
諦めた様子で読み進めていたハードカバーは机の上。離せ、の意味合いの篭もった腕の動きに大人しく腕を外す。身体ごと向き直る仕草は緩慢、しかし刺す視線はとても鋭い、というか機嫌が悪い。
これはまた何か踏んだだろうか、と考えるより早く顔が寄った。温かい感触。乱暴に伸ばされた両手が頭を押さえつけ、視界を開けたまま唇を食まれる。
閉じられた瞼と揺れる睫毛が教えてくれる現状、体感時間およそ五秒。
離すと同時に覗かせた瞳は実に恨みがましげで。

「しないんですか、」

濁した語尾へ滲むのが拗ねだなんて本当にたちが悪かった。

「する、めちゃくちゃする」
「や、そこまで」
「ほしいだろ」

即答に一瞬慌てたように答えるのを目で捕まえる。
逸らしかけた視線が泳いで口元を引き結び、力の抜けていた腕が肩へ回された。
擦り寄る仕草は甘えるそれで、再び見上げるのはねだる色。

「はい」
「っ、」

思わず息を呑んで額を当てた。


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