つれないこともない


床に座して、背もたれはソファー。だらけた姿勢で雑誌を捲っていたところ、見える角度からゆっくり近づいてくる相手。
這うような姿勢でこちらを覗く。ちらりと向けた視線で確認した表情は緩く、落ちてくる声音も容易に想像できた。
ページへ意識を戻すと同時、甘える呼びかけが連続して。

「くらま、くらま、くらま」
「はいはいはい」

回数の合間に伸ばされた指が頬をくすぐる、同じぶんだけ相槌を返し紙面を追うと些か拗ねた雰囲気。
どうせ少しばかり唇を尖らせてでもいるのだろう。

「返事に愛がない」
「うぜえ」
「キスしたい」
「知りません」
「倉間とキスしたい」
「俺以外があってたまるかばか」
「!」

段々と早口になる応酬はムキになる相手への反撃で幕を閉じた。
息を飲むような気配と僅かの沈黙、嫌な予感しかなかったがついつい顔を見てしまいやはり後悔した。

「浮かれんな」
「お前としかしない、すき、すき」

これ以上なく腑抜けた笑顔は自分を見てさらに悪化し、頬や鼻に何度も軽いキスを降らせる。
苦虫を噛み潰した気分で好きにさせ、しっかり視線を合わせて覗きこんでくる馬鹿はねだる様子で。

「いい?」
「ばか」

応えながら目を閉じる間際、細められた瞳の嬉しそうなことといったら。
触れる唇へ思わず歯を立ててしまっても自分に非はない。
小さな音が漏れ、深くなっていけば舌が絡まり、促されて唾液を飲んだ。
喉が鳴ると食まれる感触、何度か繰り返したのち粘膜は離れ、名残惜しげに口の端へ舌先。

「ん、きもちい」

ぼやけた視界で満ち足りた微笑、なんだかイラッとして力が入らないながらも睨んで返す。
途端、蕩ける好意がよくない光を帯びる。

「かわいい」

蜜を溶かした声がおそろしくゆっくり耳に届く。

「このまま食べていい?」


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