帰宅


「あ、お帰りなさい」

玄関入ってすぐにあたる台所、安い賃貸なら妥協せざるを得ない間取りだがそれはそれで便利な面もあると倉間は思う。
たとえば、今みたいに相手の帰宅をすぐ迎えられる可能性が高いという面においては。
一度瞬いてみせた南沢は靴を脱いでほぼ一直線に向かってきた。すぐさま抱え込まれ、早口でぽつり。

「飯と風呂と倉間」
「効率悪ぃわ!」

コンマ一秒レベルで即答した自分を若干褒めたい。
同時要求を正確に汲み取れても嬉しくはなかった。
凭れてくる相手は肩に顔を埋めており、相対的に自分の顔も肩口へ近い。
遮るもののない視界で、いつもは揃える靴が乱雑に残されているのを確認。
本当の本当に疲れ切ったのだろう、反論もなく抱き付くのみ。
十分すぎるほど伝わってくる体温を、脳内カウントいちにのさんで引き剥がし、少し驚いたような顔を睨みつける。

「一緒に飯食ってそのあと入りゃいいんでしょ!」

きょとん、が、ぴしっ、へ変わるのを見た。擬音が当てはまる挙動というのもすごい。
剥がした勢いで掴んだ肩と、行き場のない向こうの両手。
待っていても永遠に解凍されぬヘタレをもうひと睨み。腕を引っつかんで移動させる。

「俺も腹減ってるんで早くしてくれますか」

帰宅報告に合わせて作ったおかげでナイスタイミン、とも言うべき状態。
大人しく席まで誘導された南沢が座ったのを確認して、いったん離れる。
取り皿や箸を準備する間、肘をついて手を組み額を当てて俯いていたその人は、ご飯をよそう段になってようやく言葉を発した。

「やばい…俺しあわせ」
「っ、溜めてんじゃねーよ!」

行儀が悪いと叱るつもりの掌で頭を叩く。
たいした力も加えられない一撃は相手の顔を上げさせることに成功。
緩んだその表情が最高にむかつくので、ぶつけるようにキスをした。


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