披露


帰宅するなりソファヘ倒れ込んだ。寝室までの道のりさえもどかしいくらいに疲れている。
ほどなくして眠りに落ちたのか気付けばぼんやりとした意識が鍵の開く音で少しばかり外界を向く。
まだ動く気にもなれない身体では視界は限られていて、相手を確認する前に――とは言っても一人しかありえないのだが――また瞼を閉じた。
回り込んでくる気配、声が掛かるなら返事くらいしなければ。大したことじゃない、単に疲労だと。
思った矢先、頬へ触れてくる掌は撫でるとか優しげなものではなく些かおざなりだった。

ぺち。ぺちぺち。

「こら」

思わず瞑ったまま声が出る、しかしそれは止まらず。
ぺちぺちぺち、と続いたあたりでさすがに目を開けた。

「こら」

攻撃にもならない行動ではあるが、だるい現在は鬱陶しいことこの上ない。
二回目は嗜めの意思をはっきり持って呟いたところ、頬へ触れたまま仕草は止まる。
覗き込む倉間と視線が合うのは当然といえば当然だ。

「倒れてんの見て分かるだろ」
「生きてるかな、と」
「なんで分かっててそーゆーことするんだお前は」

帰宅の挨拶もすっ飛ばして文句を紡ぐ権利はある。
まっすぐこちらを見つめ返しての被告の回答は悪気ゼロ。
心配させては、だの考えた数分前の自分が遣る瀬無い。
叩く挙動はやめたものの、今度は指でくすぐるように頬をさわる。

「俺がだれてると機嫌よくないか」
「まさか」
「声が弾んでるぞ。あと表情も隠せ」

喋り出した瞬間、空気をあからさまに和らげた相手の目元は楽しげ。
反比例して抗議をぶつければ口も笑った。
近い距離が更に詰められ、温かい感触が、皮膚に。

「…………おい」
「甘やかしてるんです」

わりあい長く押し付けられた唇は頬への、つまりはキスで。
たっぷりの間を持ってなんとか二文字を零してみれば、しれりと返る倉間の声。

「ぜったいちがう」
「ふふ」

苦虫を噛み潰したような顔をする自分にまた笑って、何度も同じ箇所に体温が当たる。


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