妥協


ぼんやりと意識が浮上する。身体が動かないのは寝起き特有のだるさ――…ではない。 明らかに疲労、そして付随する鈍い痛み。一気に意識が覚醒した。 跳ね起きるほどの体力も感じられず、傍らで寝息を立てる相手に本気で殺意がわきそうになる。 とにかく水分が欲しい、身体にまとわりつく腕を剥がして適当な寝巻きを見繕って台所へ向かう。 グラスへミネラルウォーターを注いで口をつけた。幾らか飲んだところでドアの開く音。
少し焦った様子の南沢と目が合う。舌打ちして流しへ水をぶちまけた。 刹那、和らぎかけた表情が動揺に引き戻され、内心、鼻で笑いながらグラスを置いて歩き出す。 何か声をかけられた気がするがどうでもよく、顔も見ずに寝室へ戻った。 疲労感もまだ濃い、苛立ちと共にベッドへ沈み、そのまま目を閉じる。すぐさま眠りに引き込まれた。

どのくらい眠ったのだろう、体力は戻った感じだが身体の辛さはどうしようもない。
しかし空腹には耐えられず、仕方ないので布団から這い出た。 時計へ目をやると昼過ぎのようだ、それは腹も空く。
本日二度目の台所には既に食事が用意してあり、罰の悪そうな南沢が席についていた。

「そろそろ起きるかと、思って」

無言で机を通り過ぎ、冷蔵庫へ。ジュースのパックを手に取ったところで感じる視線。 ちらりと見やる。どうにも必死な様子だ。 正直いってこの状況さえも流してやろうかくらいは思っていたが材料が勿体無いし自分で作る手間もあるし 何よりそれだけ後悔するなら自制したらどうなんだと問い詰めてやりたい気持ちが勝って溜息を吐く。 相手の眉が動いた。

「なにか言うことは」
「調子に乗りました」

端的な問いは謝罪に繋がる。紙パック片手に見つめていると、言いづらそうに口を動かす。

「つか、座わんのもしんどいなら向こう持ってくとか、するし」
「いいですよ、めんどくさい」

病人でもないのにベッドで食べるのも気が引ける。
椅子を引いて食卓につけば、あからさまに安堵する表情。

「一日、無視されるかと思った」
「それだけのことした自覚もってくれれば結構です」

箸を持って手を合わせる。うなだれた相手が額を抑えながら呟いた。

「お前が可愛いから…」
「それいい加減飽きませんか」

言い訳にしてもやっていられない。
半目で切り捨てたことに対する返答は全く懲りたと思えない代物だった。

「俺が倉間に飽きるわけないだろ」
「んなもん聞いてねえ!」

行儀を通り越して机を叩いたのは言うまでもない。


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