まさに等価


「薄々思ってたんですけど」
「何を」
「アンタ、俺が来ないと生活適当でしょ」

思わず箸が止まる。口の中のものを咀嚼し、飲み下す。
1LDKの台所、大きくもないダイニングテーブルで向かい合う相手はこちらの挙動を見守った上で付け加える。

「無言は肯定と受け取りますよ」
「自分が食うだけじゃやる気出ねーんだよ」

否定したところで意味もないので正直に返す。今更そんなものを繕っても仕方のない話だ。
別にそこまでやばい過ごし方はしていない……と南沢は思う。
一人暮らしの大学生、しかも男が時たま自炊しているだけでも十分であるし、ゴミを溜めた覚えも皆無。
多忙で切羽詰まってくればそこそこ散らかりはするが、許容範囲。
少しの不摂生ごときでどうにかなるものでもなかった。
とはいえ、倉間が訪れる日なら別の話。プライドや見栄ではなく、快適な空間時間を提供するのは当然だった。

「それはまた愛されて何より」

言葉を正しく受け取ってくれたらしい本人は、食べる手を動かしながら静かな一言。
こういう台詞をさらっと落とす時、大概が呆れている。だからこそ出るワードだった。

「まあ俺、元々家でやってたから炊事とか苦じゃねーし、一人分より作りやすいし鍋も出来るし」

レンゲで豆腐を掬い上げつつ、しみじみと続いたのも感想。
カセットコンロでぐつぐつ煮える水炊きは、そろそろ締めの雑炊の頃合だ。
白滝を箸で口元へ。

「おかげさまで健康です」
「でしょー、南沢さん養ってくださいよ」

笑いの含んだ軽い声。
啜って、噛んで、飲み込む。

「いいけど」
「わー太っ腹ー」
「そうでもない」

即答に棒読み、被せてもう一度。
ネタの雰囲気だった倉間が疑問符を浮かべて目を瞬かせる。
まっすぐ、見つめ返した。

「お前の人生くれるんだろ」

襲い来る衝撃は机の下。足の脛を見事に狙ってきたその能力はいま発揮しなくていい。
痺れるような痛みを堪える間、相手の表情は完全に固まっており、自然と笑みが浮かぶ。

「なに、びっくりした?」

ふ、と零れる自分の息に連動するよう頬が染まっていく。
実に分かりやすい反応が喜ばしくて顔は緩む。

「全部、俺の」

目の前の瞳が心外そうに歪む。

「っ…いままで違ったみたいに言うな」

今度は自分が瞬いた。広がる愛しさに笑いが止まらない。

「ずっと、俺の」
「アンタだって、」

箸を握り締めて言うべきものだったかの議論はさておいて、倉間からもたらされた返答は上々。

「交渉成立」


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