衝動ですから


手が動いた、限りなく自然に、無意識に。
別に何がって訳じゃなかった、多分。ひょいと覗き込まれただけだ、それが初めてでもなかった。
ただなんとなくそのなんとなく近い距離が無理な気がして、というか無理で。繰り出した利き手がまさか顔にクリーンヒットするとは思わない。

「何故殴った」

避けろよ。

「なんでそんな睫毛長いんすか!」
「理不尽!」

思ったまま言うのもどうかと口走った台詞もひどかった。その突っ込みは間違ってない、今回は認めてもいい。だけどいやしかし何でアンタ寄ってくるんですかこの流れで寄って来るんですか。

「そんなに見とれたいならはいどーぞー」

真顔だったくせにしれっと言い放って軽く笑んだ。殴りたい。今度はグーでいいんじゃないかと思ううちに触れるくらいの距離になって耐えられず額を打ち付ける。いわゆる頭突きだ。けっこう鈍い音がした。

「おま、おまえさあ…」

少し出来た距離に息をつく。額を押さえてマジで痛がる南沢さんの声がどもる。俺もガチで痛い、勢いをつけたからガチで痛い。一旦離れると微妙な空気、なんだこの明らかに俺が悪い感じ。悪くないとは思っちゃいないがこっちにも心の準備っつーか何の話だこれ。段々むしゃくしゃしてきたので押さえる手を無理矢理外して両頬を包むよう顔を引き寄せる。微妙に赤い箇所へ唇を当て、両手もすぐに離した。南沢さんが一瞬固まる。すぐ解けた硬直のあと、俺の額にも温かい感触。優しく触れてくる掌が今度は俺の頬を包み込む。そのまま顔を前へ突き出して、自分から噛み付いてやった。もちろん、唇に。


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