理解したくない


ソファに座るつもりは、なかった。飲み物を求めて冷蔵庫へ向かい、ミネラルウォーター片手に居間を横切っただけの話である。
いや、横切ろうとした、と表現するべきか。呼ぶより先に腕がとられて、名前が耳へ届いた頃には抱えられて膝の上。
体勢のバランスの悪さを抗議すると、きちんと座らされて後ろから回る腕。

――そうじゃねえよ。

突っ込むタイミングだか気力だか色々なものを逃してしまい、ぬるくなりつつある水をキャップも開けずに弄ぶ。
捕まえておきながら、何をするでもない――されたらされたで困るのだが――南沢はただ体温を堪能するだけ。噛み締めるようなこの行為、実は初めてでもないのだから慣れるというか、反応しがたい。満足すれば離してもらえるし、一度振り解いてみたところ、とてつもなく機嫌を損ねた。子供なんてレベルじゃなかった。学習した倉間は気の済むまで放置を覚え、至極平和な解決で現在に至る。
ぼんやり流れる思考で唐突に落ちる感想。

――――この人ほんとに俺のこと好きだな。

考えた瞬間、意識のスイッチが切り替わる。

「!?」

自分で結論付けたその内容はいわゆる惚気としかいえないもので、そんなことをあっさり導き出してしまった己の判断力に混乱するしかない。心なしか顔が熱くなってきたのが気のせいであって欲しい。口元を押さえ、俯き出した倉間を不思議に思ったか密着した相手が頭へ額をすり寄せた。甘える仕草は毒だ。

「いや、いまいいんで」
「何が」

覗き込もうとする顔を掌で押しのけながら、自分の思考を呪った。
もちろん離れる訳がない南沢に赤面がばれるのも時間の問題。


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