ひっつきむし


本を読むなら何かへ凭れていれば良かった。
机に向かって読むなんて背後をがら空きにしていればどうなるかなんで予測できたはずだ。

「くーらま」

間延びした呼びかけと共に腕が伸びて、しまったと思った頃には肩へ乗った腕が回って顎の前で組まれる。

「かまって」
「うぜえー!!」

背表紙を机に叩きつけて声を荒げた倉間の沸点は低かった。その理由は主にふたつ。二十歳をすぎた男がやってくる仕草としては万死に値する、女子がやるべきだ女子が。心のどこかでかわいく思えてしまうような自分も真剣に殴りたい。そして恥ずかしげもなく何度もやる相手が一番殴りたい。

「言わなくても怒るくせに」
「無言でひっつかれたらよりうぜえよ!」

拗ねた声音まで出さなくていい、本当にいい。どこでネジを外してきたのか落としてきたのか、自宅にいる時の南沢は始終こんな感じである。あしらうの労力さえ惜しい時は好きにさせるが、なんだか今日は無理だった。

「ふーん」

つまらなそうな呟きに、ようやく静かになるかと安堵した矢先。

「じゃ、今から触る」
「え」
「頬から首元まで撫でて、肩掴んで引き寄せて唇舐めたあとにちょっと噛んで顎持ち上げて」
「わああああああああああああああああああああああああ!!」

理解が追いつかないうちに垂れ流された行動予定。力の限り振り切って腕を払い、距離を取った。
すぐ挽回できそうな間合いにて、ぱちくり瞬く相手。

「説明を求められたかと」
「いらねえ!!」

またもや叫べば、僅かばかり肩を竦める。

「わがままだな」
「なぐるなぐるなぐるなぐる」
「そういうのは心に秘めたほうがいいぞ」
「アンタがな!!」

握った拳で床を殴った。正直痛い。
被害を自分にだけ留めて、ぜーはー息をつくこと数秒。
また近づいてきた南沢がおもむろに頭を優しく撫でた。

「よしよしよし」

べっしい!そこそこの勢いではたいてしまった倉間にきっと罪は無い。
しかしながら、ヘコみも怒りもしなかった男はその手の甲へ唇を押し当てちゅっと音を立てる。

「かまって」

もう一度ねだる声は、甘やか。


戻る