既知


付き合ってられるか、吐き捨てて後ろを向いてどのくらいだろう。
最初のうちは静かにしていた南沢さんが、しばらくしてめげずに話しかけてきた。

「怒ってますか」
「怒ってません」
「怒ってませんか」
「怒ってます」

取っ掛かりも与えない、与えるつもりもないやり取り。
詰まる気配に鼻を鳴らしたところ、まだ続く。

「どうしましょうか」
「知りません」
「キスします?」

どこからそうなった。
繋がりがなさすぎて思わず言葉が止まる。もう一押しとばかりに何故か繰り返す相手。

「します?」
「したいの俺じゃねーし」
「うん、俺がしたい」

苛立ち紛れに返せば肯定の意。
寝言いってんじゃねーよ、ああ違う、この人はいつもそんなもんだ。
反応したことがまず間違いだった、貫くなら無視が一番だ分かってる。
肩に手が置かれた。調子に乗んな、近づくな、どうせ囁いてくるんだろ、ああもう、ああ。

「好きだよ」
「知ってます」

振り払うように向き直る。少しだけ驚いた顔、それは跳ね除けた行動よりも多分俺の表情に対して。
睨みつけてぶつかるみたいに胸へ額を当てる。ほぼ頭突きに近い、微妙にうめき声が聞こえた。ざまあ。
ぐりぐり数秒押し付けたのち、声を絞り出す。

「……しってる」
「なら、覚えてて」

噛み締めるような響きが届いて、片腕が背中を抱いた。
きっと熱いだろう耳朶を親指がそっと撫ぜて、残りの指が髪を掻き上げる。

「キス、したくない?」

窺う語尾に潜む寂しさがいっそ狡い。顎を押す勢いで視線を上に。
また聞こえた間抜けな音に溜飲を下げて、唇へ噛み付いた。

「したいよ、バカ」


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