おあとがよろしいようで


示し合わせた訳でもないが、予習復習の習慣に合わせて倉間が自分の宿題を広げるのも珍しくない光景だった。
適当な菓子類と飲み物を傍らに、静かな時間が過ぎていく。
先に集中の切れた相手を視界へ捉え、キリも良いかと筆記具を置いた。
なんとはなし、口にする話題。

「略語?みたいなのあるだろ」
「KYとかですか」
「そうそう」

封を切ったスナック菓子を傾ける。ざらざら注がれるのを見ながら言葉を次いだ。

「文節の頭文字かと思ったら法則がたまに謎だよな」
「あー…」

疲れたのか間延びした声ののちポテトチップスを一枚ぱりんと噛み砕き、租借して返答。

「俺もいま考えました。HSB」
「意味は」
「ハンサム すぎて ぶっころす」
「殺伐!!」

丁寧に淡々と区切られた言葉が地味に怖い。
感情の篭もらない感じが逆に危機感を覚える。

「もはや誰を?とか聞くのも恐ろしい俺の心情を慮って欲しい」

コップ片手に息を吐くと鼻で笑われた。

「ナルシストですか南沢さん、ひくわー」

半目で馬鹿にする後輩から尊敬の念を一ミリも感じない。

「お前さすがの俺もたまに本気で殴りたい殴れねーよ知ってる!」

ガラス底を机へ叩きつけたところ、倉間の様子が塗り変わった。

「大丈夫ですか?頭……」
「真剣な表情で心配するな傷付く」

ご丁寧に声まで変わって。これがいつもの流れだというのがそろそろ神経にきそうだ。
もう問題で思考を埋めようとシャープペンシルを握り直したところ、何でもなさそうな声がさらり。

「まあアンタの顔は好きですよ」

ノックする指が思わず止まる。視線を向けた。

「…………顔だけ?」
「さー?」

小憎たらしく笑う相手、弾んだ声が相乗効果。
勉強に戻れるはずもなかった。

「ほんと腹立つ、おまえ」

よっぽど愉快だったのか、破顔一笑、両肘をついて覗き込んでくる。

「俺で困った顔すんのも、好き」

負けだと思いながら顎を掴んで引き寄せた。


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