需要と供給


さっきから、というよりは随分前から、倉間の視線が落ち着かない。
窺っては押し留め、気を逸らそうとしては舞い戻る。
そんな繰り返しで見つめてくる先は、考えて笑いが浮かぶ。
何気ない振りをして舌で自分の唇を舐める仕草。相手が思い切り反応する。

「どうした」
「いや、べつに」

逸らす目を追いかけて、肩を撫でた。捕らえずに顔だけ寄せて、舌先で唇の隙間をなぞる。
肩が跳ね、後ろに身体が引いた。出来た距離をわざとゆっくり這っていく。

「う、っわ」

信じられないようなものを見るような顔で倉間が更に下がろうとする。
前に乗り出してそっと囁く。

「やらしいことしたい顔、だな」
「…気づいてんだろ」

ぼやくように呟き、睨みつける倉間は悔しさ三割、鬱陶しさ七割といった感じか。
床に手を突いたままじっと見つめる。

「言わないと分からない」
「言ったら」
「100回する」
「しぬだろ」
「善処する」

なにを、と口だけ動かして、唇を噤んだ。
聞かれても実際は困るところかもしれないが、いま欲しいのは言質なので取れればそれでいい。
じわじわと染まりつつある顔を一度俯かせ、上目遣いに瞳が覗く。少しだけ滲む、恨めしさ。

「……きすしたい」

唾を飲み込む。か細く、しかしねだるというより渇望を言葉にしたようなその響きに鼓動が跳ね上がった。

「俺もしたい」

今度こそ肩を掴んで、頬を撫でて引き寄せる。 唇が触れてから目を閉じる倉間の表情はうっとりと甘い。 押し付けて食むと睫が揺れた。重ねたまま何度も吸い付いて、髪を梳く。 唇を舐めるとぴくんと身じろぐ。おそるおそる開く隙間に少しだけ差し込み、すぐに抜いた。 追いかけるよう相手の舌が覗き、捕まえて口外に引きずり出すと表面を擦り合わせる。 分かりやすく鳴る水音に頬の赤色が増して眉が寄った。くちくち音を立て、甘い息を漏れさせる。

「ん、ん」

縋る動きで倉間が二の腕を掴む。舌を離し、薄く開いた瞼を覗き込んだ。
眦を涙で濡らしながら、荒い呼吸でねだる視線。

「もっとやらしいこと、する?」

鼻先に口付け、微笑む。は、と酸素を吸い込む音。

「ひゃっかい、は?」
「キスだけがお望みなら」
「りょうほう」

優位に返したつもりが聞こえる答えは速かった。
ぼんやりと見上げ、問うてきたはずの相手。
その視線は揺れずにしっかりと自分を見つめ、腕を肩へと伸ばして凭れる。

「両方、ください」

明瞭な発音が耳に届き、相手に覆い被さるよう身体が引かれた。
自ら体勢を崩した倉間が両頬を撫でる。視線が胸を掴む。

「おまえ、ほんとやだ」

みなみさわさん、と呼ぶ声に応えて口を塞いだ。


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