慈しむ


「最近、よくうちに来る猫がいてさ」

脈絡ゼロで耳に入ってきたのは聞き流しづらい案件だった。

「南沢さん、動物に好かれる要素あったんですね」
「お前何で俺に対してそう……」
「で、猫がどうしたんですか」

正直な感想を述べると抗議が始まりそうだったので、話の続きを促してみる。
不満げに視線を飛ばしつつも、南沢は話を続けてくれた。こういうところが自分に付け込まれるのに、と密かに思う。

「……じゃれたと思えば引っかくわ、気まぐれに擦り付いたと思えば猫パンチとか、それはもう好き勝手でな」
「懐かれてますね」
「だいたい定位置みたいにくっついてくるし、撫でたら割合大人しいし可愛いことは可愛い」
「はあ」

猫は気まぐれな性質とよく聞くが、自分は飼った事もないので知識程度だ。
しかし話を飲み込む限り、相手はなかなか慕われているらしい。
気に入ったらマメなところのある人だから、余計に猫も居心地がいいのだろう。

「そろそろ迎え入れたいなー、と」
「ベタ惚れじゃないですか」

語る声音は優しく、細められる瞳は慈しみに満ちている。
そこまで愛らしいのなら一度見てみたい、と考えたところでその微笑みが自分に向いた。

「うん、お前に」
「は、」

理解に至らない。
何の話をしていたのだったか。
混乱する自分を追い詰めるごとく、南沢は柔らかく繰り返す。

「お前に、居て欲しいな」

注がれる慈愛、直球の要求。
処理能力を超えてしまったので、手のひらで相手の瞳を覆い隠した。


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