抱きついてみる


抱えこむのが至福ともいえる。
目的を腕におさめた瞬間、利き手じゃないほうの攻撃を受けた。

「片手塞がってたんで」
「叩かれる理由になってないぞ」

カーペットで適当に寛いでいた倉間を抱き締めたことに罪があるとは思えない。
べちん、と食らった自体は大して痛くもなかったが口と鼻あたりへ裏手を綺麗に当ててくる特技はどうかと思う。

「じゃあびっくりするんでやめてください」
「明らかにとってつけた」

もっともらしい理由が今更すぎる。
いや、びっくりしたのかもしれないが、間違っていないのかもしれないが、どうにも納得に繋がりにくい。
小さな溜め息がこれみよがしに聞こえ、めんどくさげな声。

「何か用ですか」
「抱きしめたい、だけ」

言って腕にほんのわずか力を込める。途端、かたくなる身体。
髪に顎を埋めて勝利気分。

「お前やっぱ照れてたな」
「うるさいですよ」
「こっち向いて」
「却下!」

拗ねたような声音は意地に取って代わり、戯れに耳へ唇を寄せると今度は聞き手で叩かれた。
割と痛い。
 
「ぜってー向かねぇ」

へそを曲げた相手の耳は赤い、つまり顔も染まっているということなのだが、このぶんでは見せてはくれまい。

「じゃあお前の体温堪能する」

元々の希望は抱き締めること、叶ったのならよしとする。
あっさり切り替えてみせたところ、不機嫌な響きが小さく。

「…んだよ」

回した腕の右手首、きゅっと掴むよう触れるのは倉間の指で。

「だからお前可愛い」

こみ上げる愛しさに擦り寄る。
しばし無言を貫いた相手は、何度か指を迷わせたのち、俯いて呟いた。

「体温だけでいいんですか」


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