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いっそ蔑むような視線を投げつけた。

「もうなんか消えろとかいうより磨り潰されろ」

真顔で受け止めた南沢は一秒の後、口元に手をやり声を作って一言。

「やだ倉間くんえぐーい」
「アンタのその反応が一番えぐい、きもい」

棒読みの女子もどきがひたすらうざい。
ご丁寧に少し眉をひそめる演技までしなくていい、そういう器用さはいらない。
すかさず切って捨てたのを気にするどころか感心でもって迎えられた。

「暴言の上に暴言。罵り、そして罵り」

表情を戻して言うことがそれなのか。

「今から手が滑ります」
「せめてパーでこいグーはやめろ」

宣言と反論。握り拳は振り上げるより先に手のひらに止められた。
包むよう、ぎゅっと握ってくる力は優しい。

「……なんすか」

そのまま、特に何もしない相手をぶすっと睨む。

「や、蹴りくらいは飛ぶかと思えばこないな、という、間」

さらっと言われて掴まれた拳をぐぐぐと押し付けた。力を流すように受けながら南沢が呆れた顔になる。
本日、一番見たくない表情でもあった。

「お前、収拾つかなくなるなら喧嘩売るのやめろよ…」
「うっせー!」

もうどうしたらいいか分からない状態で声を張り上げる。
ふ、と相手が息を吐く。

「扱いづらいな、ほんと」

続いた台詞に思わず肩が揺れる。
微かに、ほんの微かに怯えたような仕草を目にしたか、南沢は捕まえた手を引く。

「こんなにかわいがってんのに」

持ち上げた拳に、ちゅっ。軽い音が鳴った。
温かく触れたそれ、顔に熱がのぼる。

「っ!」

べちん。お粗末な音がして相手の頬を軽くはたいた。

「そういえば片手あいてました」

大して痛くもない攻撃を食らい、南沢が一度瞬く。

「それは盲点だな」

からかう色だった瞳が変わり、倉間を見据える。
拳へ当てたままの唇を開け、関節を舌の腹で大きく舐めた。先程とは違う意味で、跳ねる肩。
獲物を定めた光を放ち、愉しそうに笑う顔。

「嫌いじゃないぜ、そういうとこが」


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