なし崩し


テンパる倉間は面白いもんで、いつもはいくらでも出てくる悪口雑言が今日は素晴らしく不調だった。

「このイケメン!!」
「褒められた」

思わず呟くとギッと睨まれて言葉が続く。

「小器用!器用貧乏!」
「重複してないかそれ」
「残念なくせに!」
「もはや罵倒なのか」

ダメージを受けようもない――そもそも照れ隠しの投げつけに傷付いた覚えもないが――倉間の悪口もどきは大して数も出揃わないまま何故か一周した。

「あー!まじむかつくこのイケメンが!!」
「まさかの二度目」

思い切り叫んで、ぜーはーと一息。
何故こいつは自分から疲れる行動を取るんだろうと割と思う、ついでに覗き込んでみる。

「そんなにこの顔好き?」

べっちん!そんな感じの音がして張り手を食らう。地味に痛い、これは地味に痛い。しかし否定をしないあたりが動揺を窺わせる。

「…殴るくせに」
「ガチでやるなら腹に入れてます」
「そうだな入れられたな」

小さな抗議は別次元で返されたので肯定しておく。遠い記憶でもないってのは物申したいところではある。頷いたら頷いたでやっぱり不満げな相手がぶすくれて言う。

「淡々とされると削がれるんですけど」
「じゃあ諦めてイチャつけばいい」

むにっと頬にかかる指の力。

「つねるな」

反射的にそういうのマジやめろお前。言いかけて、いつの間にか俯きがちの目元が赤いのに気付く。

「そしたら色々どうでもよくなるから駄目です」

何がだ、何に対してだ。つーか、

「お前どこまでいま考えた」

答えずに染まる顔に答えを見出して、手首を掴み上げれば抵抗もない。


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