一騎打ち 硬質な足音、現れたのは見知った、否、そんな程度では表せない相手。 「ここまで来たんですか」 「倉間!」 駆け寄ろうとする王子を手で制する。明らかに、雰囲気がおかしい。 「知ってますよね?女王騎士に降伏は絶対無い……」 倉間は利き手をかざす、その手にあるのは愛用の小太刀。 太陽の傍らの天馬が驚愕の声を上げる。 「倉間先輩!?」 「下がれ」 低く諌めて前へ踏み出す。相手の視線が目標を捉えた。 わざとらしいくらいの陽気な口調で笑みが向けられる。 「ああ、南沢さんじゃないですか。どーもお久しぶりです、元気そうで何より」 「お前もな」 「王子が勝ったとか侵攻したとかそういう情報は入ってくんですけど細かいことはわっかんねーから、くたばってたらどうしようかと」 「御託はいい」 どういうつもりか、なんて問いは無意味に思えた。ただどうするのか、それだけを込めてまっすぐ見つめる。 倉間の笑いが消え、表情が変わった。淡々と、温度の無い声が流れる。 「姫様、泣かなかったんすよ。不安な顔しても、一度も。なのに、俺に出来ることなんか何もなくて」 「倉間」 両手で握る小太刀が空を切り、戦闘体勢を取った。瞳に迷いは、ない。 「今の俺にあるのは女王騎士という誇りだけです。俺に言うことを聞かせたいなら、俺を倒してください」 「…そのつもりだ」 言い終え、すらりと剣を抜く。刀身が鈍く光を反射した。構えると同時、に地を蹴って駆けてくる倉間。 「そういえばマジでやるの初めてじゃねえ?」 初撃を受けようとした横をすり抜け、くるりと反転する。振り上げられる小太刀が煌いた。 「南沢さん、本気出してくれなかったし、な!」 甲高い音が鳴って舌打ちとともに倉間が身を引く。咄嗟に左へ向けた剣で刃を弾き押し返したものの、少し痺れが残る。全身と勢いで放つ重い一撃だった。倉間は俊敏さを武器にしているぶん、先手必勝のきらいがある。それは間違ってはいないが、最初に防がれた場合の処理が甘い。剣の柄で手の甲を叩く、取り落としはしなかったものの勢いが殺がれた。引いた分踏み込んですぐさま嫌な予感がして後ろに飛ぶ。自分がいた場所、当たっていれば腹の辺りへ足が伸びていた。 「そういえば、足癖が悪かった」 「ちぇー。マジそういう勘だけはいいんすよね」 構え直してみれば飛ぶのは軽口。楽しそうな声音に唇の端が上がる。競い合うというよりは肩を並べていた、追いかけてきたはずの新米は最年少で女王騎士となり、それでも南沢を目標と据えた。扱う武器も違うのに酔狂な話だと思う。響く剣戟は会話のようで、太刀筋を捌きながら何度も視線を絡めた。繰り出される二刀を受けきり、刃を滑る音が耳に痛い。両手と両手、鍔迫り合いのように斜めで押し留めていると至近距離で食いしばっていた倉間が不意に囁いた。 「そんなに近いとちゅーしちゃいますよ」 小憎たらしく笑う顔、急に外された力に一瞬傾ぐ。間髪入れずに蹴りが入った。 「っぐ!」 防具の隙間を縫った見事な一撃。よろめきかけて剣を一閃させると追撃しかけたのを即座に引いた。判断も悪くない、しかし避けてばかりでは終わらないことはお互いに分かっているはず。南沢は一度瞼を閉じ、水平に構えると目を眇めて飛んだ。 「!?」 上段から振り下ろされる剣筋を二つの刃が辛うじて止める。踏み止まった足は僅かばかり後ろへ下がる。すぐに外して、もうひと太刀。連続する攻撃は重く、倉間の表情が歪む。五度ほど打ちつけ、剣の柄で手首を叩いた。 「うっ!」 声と共に退避するも、ひとつの小太刀は床にカランと落ちた。息を荒げながら膝を突き、なんとか立ち上がろうとするところへ剣先を突きつける。絡む視線、鼻から僅か空いたさきの白刃を笑い、残った左手の武器も手放した。 「はは…やっぱり、負けちゃいました、ね」 自嘲を含んだ声色は精彩を欠き、揺らぐ身体を見て南沢が剣を後ろへ投げ出す。 「倉間!」 倒れこむ倉間を抱き止めて支えると、腕の中でか細い言葉が紡がれる。 「俺、姫様を守ろうとしたんです。姫様には俺しかいなくて、俺がっ…」 「お前は頑張った、お前は頑張ったよ、倉間」 震える音は追い詰められて聞こえ、俯く相手の顔を胸に押し付けた。静かに告げて、強く抱き締める。 「う、うわああああああああああっ」 叫ぶような泣き声が響いた。 「見苦しくてすんませんっした!」 「そんなことないよ」 落ち着いたのち、泣き顔もそこそこに倉間は太陽に頭を下げた。 首を振り、顔を上げて欲しいという言葉を受け、拳をぎゅっと握る。 「王子と一緒に戦うことが、姫様を助ける一番の道なんですよね」 「うん」 次に前を向いた表情は、もう騎士の顔に戻っていた。 「俺も行きます、行かせてください」 太陽がふんわりと笑い、天馬も安心したように微笑む。 「ありがとう」 差し出された手が、しっかりと握られた。 「うわ、マジ一瞬で着いた」 「瞬きの手鏡、初体験だな」 本拠地の鏡の前、いきなり見知らぬ場所に辿り着き、きょろきょろと辺りを見回す。 驚いているうちに太陽はシュウに話しかけ、一旦メンバーは解散となった。 物珍しげな様子で視線を巡らせる倉間の腕を掴み、南沢がつかつかと歩き出した。 「え、ちょ、南沢さん?」 「いいから」 建物構造も分からないから下手に抗うことも出来ない相手を問答無用で引き連れ、乗っているだけで上下する『えれべーたー』とかいう箱や通路を抜けて、南沢の部屋に到着する。ぱたん、と扉が閉まった瞬間、倉間をかき抱いた。泣き喚いた時より強く、存在を確かめるように。 「無事で、良かった」 唇から零れた声は知らず掠れた。 「あ、あんたが…」 「言う。お前に怪我させないでやれんの俺くらいだろ」 耳に届くそれだけで動揺がよく分かる。遮ってすっぱりと言い切ってみれば、笑いが落ちた。 「だけ、とは言わないんすね」 「謙虚だからな」 ゆっくり顔を合わせ、見上げてくる目元を指でなぞる。 涙で取れた紅の代わりに、腫れた赤がそこにあった。 「あと、泣いた顔でうろつかせるかよ」 見開く瞳、思い出したように困る倉間を少しだけ楽しんで、軽く頭を撫でてやる。 「お前、今日はもうここな」 「えっ」 「冷やしたタオルくらい持ってきてやる、落ち着くまで部屋でんな」 一方的な宣言は正しく伝わり、みるみるうちに染まる顔。 前髪を弄びながら事も無げに呟く。 「もう挨拶は済んでんだし問題ねえよ」 「や、そうじゃなくて」 「ああそれと」 なんとか口を挟もうとするのを聞かず、言葉を続ける。 「部屋も全員が個室ってわけじゃなし、ここも広いから二人いけんだろ」 今度こそ絶句した倉間はぽかんと南沢を見つめるばかり。覗き込んだまま駄目押しをひとつ。 「なんか文句ある?」 「……ないです、けど」 逸らそうとして結局揺れるだけとなった視線、相手の指が腕を掴む。窺う声は、おそるおそる。 「南沢さん、もしかして結構怒ってました?」 「今頃気付いたのか」 思わず笑って顎を持ち上げる。かけた人差し指で擽って、目を細めた。 「お前にじゃない、でもお前じゃないと治まらない」 請う声色に息が漏れ、倉間が唇を薄く開く。 「…はい」 答えを飲み込むよう、口付けを交わした。 |